18. 魔術団長の贈りもの
――ゴォッ
聞き慣れた轟音が響いて、私は絵を描く手を止める。
夏の夜空を見上げる少年少女、そのきらきらと輝く笑顔を丁度描き上げたところだった。
机の上を片付け、玄関まで歩く途中でドアがノックされる。
私はわずかに残る距離を早足で縮めた。
ドアを開けると、そこにはレオニーダさんが立っている。
「こんばんは、体調はいかがですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
言われた通り、そのまっすぐな姿勢と眼差しはいつものレオニーダさんに相違ない。
思ったよりも元気そうな様子に私は内心ほっとした。
「それは良かったです。すぐごはん準備するのでそちらにどうぞ」
「アカリ殿、その前に少しいいか?」
キッチンに戻ろうとしたところで呼び止められる。
振り返ると、レオニーダさんはいつも以上にぴんと背筋を伸ばしていた。
「先日は色々とすまなかった。そして絵を持ってきてくれただけでなく、おいしい食事も提供してもらって助かった。礼を言う」
そしてすっと頭を下げる。
あいかわらずの真面目な様子に私は思わず吹き出してしまった。
「そんな大袈裟な。こちらの方がお世話になっているんですから気にしないでください」
すると、顔を上げたレオニーダさんがいつものまっすぐさで私を射抜く。
思わず息を呑んだところで、彼が上着の中から小さな箱を取り出した。
「――これを、君に」
すっと差し出されたそれを受け取る。
その箱にはちょこんと可愛らしいリボンがかけられていた。
思いがけないプレゼント、私は「……わ、私に?」と間抜けな声を出す。
「開けてみてくれ」
勧められるがままにリボンをほどいて箱を開ける。
瞬間、ほのかに煌めいたのは赤い光。
「わぁ……!」
中に入っていたのはペンダントだった。
華奢な銀色のチェーンの中心には、小さな赤い石が上品にあしらわれている。
「えっ、これ――本当に私に?」
異性からアクセサリーをもらうなんて初めての経験だ。
あたふたしていると、レオニーダさんが真面目な顔で頷いた。
その仕種に促されて、もう一度ペンダントに視線を落とす。
瞳の中で赤い石がきらりと微かに瞬いた気がした。
そう――その色は、まるでレオニーダさんの瞳のようで。
わざわざお店に買いに行ってくれたのだろうか。
レオニーダさんがアクセサリー店に行くなんて想像がつかない。
きっといつものような真面目な顔で一生懸命選んでくれたんだろう。
過労で倒れてしまうくらい忙しいひとなのに。
――その気持ちが、たまらなく嬉しい。
「あの……ありがとうございます、レオニーダさん」
お礼を言って顔を上げると、心なしかレオニーダさんの顔が満足そうに見える。
そんな表情の変化がなんだか可愛らしく思えて、私は思わず笑ってしまった。
「それじゃあ、ごはんにしましょう」
そしていつものように食卓に着いたレオニーダさんが「ん?」と目を丸くする。
そう、テーブルの中央にあったのは――持ち運び型のコンロ。
「移動式の火器を買ったのか。家で使うのは珍しいな」
なるほど、こちらの世界では主に屋外で使用するらしい。
あちらの世界でもキャンプの時に使ったりもするから、同じようなイメージだろう。
「執事のギルさんにお譲り頂いたので、早速使ってみようと思いまして」
そう、先日レオニーダさんのお屋敷に伺った時、キッチンには色々な調理器具があった。
最低限の道具しか持たない私がきらきら目を輝かせながら眺めていたところ、ギルさんが必要なものがあればとシェフの方と相談して譲ってくれたのだ。
「なんだ、新品じゃなくていいのか?」
「普通に使えますからまったく問題ありません」
話しながら私は冷蔵庫から食材を取り出し、温めておいたお鍋をテーブルに移した。
テーブルの上のコンロに火を点けると、お鍋にたっぷり入っただし汁がぷくぷくと泡を吐き出し始め、あっという間に沸騰する。
「今日は随分と具材が多いんだな」
運んできた大皿に並んだ食材たちを見て、レオニーダさんが言った。
――そうかな?
確かに、見た目だけだとそう見えるかも。
あちらの世界にいた時には億劫だった料理も、今では楽しくなってきている。
特に今日のメニューはとってもシンプルで簡単だ。
「大丈夫です、お鍋にするとかさが一気に減るんですよ。さっぱりしているからお野菜もお肉ももりもり食べられます」
そう話しながら、私はお鍋に具材を投入していった。
えのき、まいたけ、豆腐に豚肉。
一通り入れて蓋をする。
或る程度火が通ったのを見計らって蓋を取り、次に入れるのは――盛りだくさんのレタス。
お鍋いっぱいに敷き詰めて、もう一度蓋。
そしてコトコト弱火で煮込んだあとに火を消した。
「はい、お待たせしました」
蓋を開けると、ふわりとしたおだしの香りとともに、鮮やかな黄緑。
――うん、我ながらおいしそうだ。
顔を上げると、レオニーダさんもお鍋の中を覗き込んでいる。
その瞳は興味の色で輝いているように見えた。
思わず、ふふっと笑みがこぼれる。
「今日のごはんはレタス鍋です。たくさん召し上がってくださいね」




