17. それぞれの救い -おじやとともに-
借りた器に軽くすくって、スプーンと一緒に目の前に置いた。
レオニーダさんはすっと手を合わせる。
その仕種に迷いはなかった。
「――いただきます」
「はい、召し上がれ」
レオニーダさんはスプーンを手に取り、ゆっくりとおじやをすくう。
そして口許へとスプーンを運ぶ様子が何故だかとても優しく見えた。
ふーふー、と吐息で冷ましてから、ぱくりと一口。
瞬間、また表情がわずかに綻んだ。
「……うまいな」
――なんだか、嬉しそう。
レオニーダさんの感情が伝わってきて、私も嬉しくなる。
「ふふ、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。正直あまり食欲がなかったが、これなら食べられる」
その言葉の通りレオニーダさんのスプーンは止まらず、私はすぐにおかわりをよそうことになった。
「この黄色い具が特にうまい」
「玉子ですね。私も好きです」
「そうか。前に食べたアカリ殿の料理にも入っていたな」
「はい。実はこれ、私が体調を崩した時に母が作ってくれたメニューなんです。おじやって具材も何でもいいから作りやすかったのかも」
「そうか、アカリ殿の思い出のメニューなんだな」
「うーん、そう言われたらそうかも知れません」
記憶の中に、ふわりと情景がよみがえる。
熱を出して布団に潜り込んでいる私を、お母さんが優しく起こしてくれた。
『明里、ちょっとでいいから食べなさい。元気が出るよ』
あの時の具材は何だっただろう。
大根ににんじん、確か小松菜も入っていた。
あつあつだったから、れんげにすくって少しずつ冷まして食べたっけ。
固まりきっていない玉子がふるふる震えて、口の中で溶けていく。
そんな感傷に浸っていた私を引き戻したのは、レオニーダさんの声だった。
「――君の母は、君に逢えなくて残念だろう」
「……え」
顔を上げた私にレオニーダさんが続ける。
「早く君を元の世界に帰さなくてはならないのに、なかなか思うように物事が進まなくてな――自分の力不足が情けない」
どこか傷付いたような表情でこぼされた言葉に、気付けば反射的に「そんなことないですよ!」と返していた。
「レオニーダさんは一生懸命対応してくれています! それに、私も段々落ち着いてきたので――最近は急いであちらの世界に帰らなくてもいいと思うようになりました」
私の発言を聞いたレオニーダさんが驚いたように口を開く。
「そうなのか?」
「はい」
勿論ここに来たのはまったくの想定外だ。
あちらの世界のことはやはり気になるし、二度と帰れないと言われてしまったらきっと動揺してしまうと思う。
――それでも
「私には絵があります。どんな場所に行っても、紙とペンがあれば絵を描くことができるから――それが私にとっては救いなんです」
それに加えて、もうひとつ。
私は笑顔で口を開く。
――少しだけ、勇気を出して。
「そして、なにより――私にはレオニーダさんがいますから」
瞬間、なんだか恥ずかしくなって目を逸らす。
「あなたといると、私はひとりじゃないと思えるから――だから、そんなに急がなくても私は大丈夫です。いつもありがとうございます」
そこまでを早口で伝えて、私は黙り込んだ。
室内に静寂が満ちる。
その内、段々と冷静になっていった。
――私、変なこと言っちゃった……?
つい悲しげなレオニーダさんを前に、言わなくていいことまで言ってしまった気がする。
そもそも私を帰すために頑張ってくれているのに「急いで帰らなくてもいい」なんて失礼じゃなかっただろうか。
「……あ、あの」
不安になってレオニーダさんの様子を窺って、そして――目の前の彼の表情に私は言葉を失くす。
「そうか――そう言ってもらえると、私も救われる」
その鋭い眼差しは、今やわらかさを纏っていて。
普段は下がり気味の口角がゆるりと上を向いている。
「君はいつも私に力をくれるな――ありがとう、アカリ殿」
そう、それは初めて見るそのひとの笑顔だった。




