16. 魔術団長の秘密
「――そうか、わざわざ絵を届けてもらって悪かったな」
目の前に座るレオニーダさんは、寝起きとは思えない程きちんとしている。
……いや、いつもと違う所は勿論ある。
例えば前髪をオールバックにせず下ろしていたり、少しゆったりした服を着ていたり。
顔色も心なしか普段より悪い気がする。
「いえ、ルーファスがここまで連れてきてくれましたから」
そう伝えるも、申し訳なさそうな表情を浮かべているので「あっ、空も飛べて楽しかったです!」と続けた。
すると、レオニーダさんが少しだけ口許を緩める。
「それなら良かった」
そんな穏やかな表情を見るのは初めてで、思わず口を噤んだ。
同時に、ルーファスの言葉がよみがえる。
『レオニーダは、アカリのことが好きなんだ』
「……アカリ殿?」
レオニーダさんの声で現実に引き戻され、私は慌てて「や、何でもないです」と答えた。
そして顔を逸らすように室内を見回して――ふと気になるものを視界に捉える。
「――あれ?」
「どうした?」
「あそこのイーゼル――いえ、あの台は一体?」
そう、そこには油絵などを描く際にキャンバスを載せる台、イーゼルがあった。
何故レオニーダさんの部屋にあるのだろう。
疑問に思いながら向き直ると、レオニーダさんがばつの悪そうな顔をしている。
その理由がわからず、私は首を傾げた。
すると、沈黙に耐えかねたのか、レオニーダさんが渋々といった様子で口を開く。
「……私が使うんだ」
「――え?」
「つまり――私も絵を描くんだ」
――え?
想像だにしなかった答えに、私はぽかんとしたまま彼を見つめることしかできなかった。
すると、彼は恥ずかしそうにぼそぼそと続ける。
「子どもの頃から絵を描くのが好きで――ただ、才能がないからかまったく思い通りに描けない。だから趣味と言える程のものでもないんだが」
「そんな、立派な趣味ですよ! え、なんだか嬉しい……!」
まさかレオニーダさんも絵が好きだったなんて。
思いがけない事実になんだか浮かれてしまう。
そんな私をちらりと見て、レオニーダさんが口を開いた。
「――だから、アカリ殿は本当にすごいと思う」
「……はい?」
まさかそんなにストレートに褒められると思わなくて、私は問い返してしまう。
すると、レオニーダさんが続けた。
「あの時――王様の前で君が絵を描いた時、息をするのも忘れて見入ってしまった。私には考えられないスピードで美しい絵を描くものだから――正直なところ、もっと見ていたかった」
言葉を失う私を前に、レオニーダさんは止まらない。
「この前一緒に森の中に入った時――あの時間はとても贅沢だった。君は絵を描くのに夢中だったから気付いていなかったかも知れないが、私はそんな君から目を離せなかった。目の前でどんどん素晴らしい作品が生まれるんだ、それこそ――魔法のように」
レオニーダさんがまっすぐな眼差しで私を射抜く。
「私は思った、これが勇者の描く絵なのだと――君の絵が好きだと、そう思った」
『上手いんだけど、なんかつまんない』
『わかる、見ても感動しないっていうか』
『シンプルに好きじゃない』
その言葉たちは、呪いのように私の脳裡に焼き付いていたはずだった。
でも――目の前のこのひとは、私の絵を好きだと言ってくれる。
慌てて私はレオニーダさんから視線を逸らす。
目頭がじわじわと熱くなって、油断したら涙がこぼれてしまいそうだ。
絵を好きだと伝えてもらうことが、こんなにも嬉しいなんて。
「……ふふ、なんだか照れちゃう。ありがとうございます――あっ、そうだ」
そして、部屋の入口に置いておいた鍋を取って席に戻る。
「あの、よろしければこちらどうぞ」
テーブルの上に鍋を置くと、レオニーダさんが驚いたように目を見開いた。
「……作ってくれたのか?」
「はい、大したものじゃないですけど」
そう言いながら蓋を開けると、ふわりとおだしのいい香りが広がる。
――うん、久し振りに作ったけど、いい感じ。
やわらかな匂いで私の気持ちも落ち着いてきた。
レオニーダさんはぱちぱちと瞬きをする。
きっとこれも見たことのない食べものだろう。
「これは、おじやといいます。消化の良い食べものなので、本調子でなくても食べやすいかなと思いまして」




