15. 明かされる想い
ルーファスによると、今度の勇者は男の人らしい。
バラム神官長の話では、私の時と同じく「スウェル神から止められないと言われた」ということだが――同じミスを何度繰り返すのか。
『既に説明があったかも知れないが、この国は魔王討伐のために異世界から勇者を召喚している。それ故に召喚の能力を持つバラムに対して、王様も強く出られないのだ』
なるほど、だから王様はあんな言い訳がましい発言を追及しなかったのか。
それにしても、はた迷惑な話だ。
『実は、レオニーダはバラムがわざとやっているのではないかと疑っている』
「――え、わざと? なんで?」
『勇者を元の世界に帰すにはかなりの魔法力が必要だ。その度にレオニーダたち魔術団の魔法力が大量に消費されることになる。結果、次に魔王が復活した時にも、異世界から勇者を召喚せざるを得ない――魔術団の弱体化によってバラムの地位も安泰というわけだ』
――何という悪者。
そんな怒りとともに、脳裡に初めて私の家を訪れた時のレオニーダさんの姿がよみがえった。
あのひとは、自分が悪いわけでもないのに私に謝ってくれた。
そのまっすぐな眼差しで。
『……巻き込んでしまったアカリに対してする話ではなかったな、すまなかった』
黙り込んだ私を気遣ってルーファスの思念が飛んでくる。
私は慌てて「違う違う」と否定した。
「ただバラム神官長が悪いヤツだなと思っただけ。教えてくれてありがとう――それで、何でルーファスは私の所に来てくれたの?」
『あぁ、ろくに理由も説明せず連れてきて悪かった』
ルーファスは続ける。
『あの子――レオニーダは、アカリのことが好きなんだ。だから、アカリに元気づけてもらえたらと思って』
「……え?」
予想だにしない言葉に、思わず問い返す。
ルーファスは『……おや』と続けた。
『私の口から言うべきではなかったかな? これは失礼。伝わっているものだとばかり思っていた』
「……いや、え? 好きって――」
そこまで言って、はっと我に返る。
『好き』って――恋愛的にじゃなくて、普通の『好き』のことか。
言われてみたら、そうかも知れない。
毎回ごはんを綺麗に平らげてくれるし。
嫌な相手だったら、きっと断って帰るだろう。
義理で付き合ってくれているなら申し訳ないと思ったけれど、ルーファスがそう太鼓判を押してくれたなら良かった。
ただ、念のため確認しておこう。
「ちなみにルーファス、それってレオニーダさんが言ってたの?」
『いや、そういうわけじゃない。でも私にはわかるよ。あの子が子どもの頃からずっと一緒にいたんだ』
「へぇ、そうなんだ」
『あぁ、レオニーダは魔術団長になってから、それまでにも増して色々なことを抱え込むようになった。だが――アカリに逢いに行く時には、とてもリラックスした雰囲気になるんだ』
確かに、私の家に来てくれるレオニーダさんは初対面の時とだいぶ印象が違う。
てっきり王宮を離れているからだと思っていたけれど、そういうわけではなかったとしたら――なんだか純粋に嬉しい。
『だから、アカリ――あの子のことを頼むよ』
ルーファスの思念が届く。
なんだか胸があたたかくなった気がした。
***
そしてレオニーダさんのお屋敷に到着した今――私は大根を切っている。
「アカリ様、ようこそいらっしゃいました。ですが、実はまだご主人様はお休みになっておりまして」
出迎えてくれた執事のギルさんによると、睡眠不足が祟ったのかずっと眠っているらしい。
通された部屋でお茶を飲んで待つよう言われたけれど――せっかくなので。
「すみません、もしよろしければキッチンをお借りしてもいいですか?」
出過ぎた真似をしてしまっているかな、と少し心配したものの「どうぞどうぞ!」と快く貸して頂けたのでとてもありがたい。
呼ばれて来たからには何もせずに待っているのも気が引けるし、念のため一通り材料を持ってきておいて良かった。
レオニーダさんは、いつも私のごはんをおいしく食べてくれるから。
大根をすとんすとんと輪切りにしたあと、短冊切りに。
えのきは食べやすいように細かく切って。
身体が温まるよう、生姜も入れてしまおう。
具材の用意ができたら、お鍋をコンロにかけてだし汁を入れる。
最初に大根を入れてじっくりじっくり火を通して。
次にえのき、そして生姜。
段々いい香りがしてきた。
そろそろかな、とお昼ごはんで丼にして食べようと思っていた白ごはんを投入。
ひと煮立ちさせたところで、溶き卵を加えてすぐに火を止める。
じわじわと余熱で少しずつ固まっていく卵を眺めていると――背後から「アカリ様」と、ギルさんの声がした。




