14. 赤竜ルーファス
――そして今夜もレオニーダさんはやってくる。
絵を描き上げた私はうーんと伸びをした。
朝から作業部屋にこもり今は昼過ぎだが、今日のノルマは終了。
でも描きたいものは無限にある。
残りの時間は、先月レオニーダさんが連れていってくれた森の中の情景を思い出しながら描こうか。
さて、夕飯は何にしよう。
お箸も使えるようになったし、そろそろ麺類を出してみてもいいかも知れない。
パスタがいいかな、それともラーメンにしようかな、うどんだとあっさりしすぎかな――
――ゴォッ
「……え?」
聞き覚えのある轟音に私は思わず時計を見る。
うん、時刻はやはり昼過ぎのままだ。
いくらなんでも早過ぎる。
「何だろう」
とりあえず家の外に出ると、そこには見慣れた赤竜がいる。
しかし、当の本人――レオニーダさんの姿がない。
「ルーファス? どうして……」
そう話しながらルーファスに近付いたところで
『――アカリ』
「!?」
脳内に聞いたことのない声が響き、私は思わず立ち止まる。
慌てて周囲を見回すが、特に人影はない。
「……何?」
『アカリ、私だ。君の目の前にいる』
もう一度声がして、私はゆっくりと前を向く。
そこには凛々しい顔でこちらを見る赤竜――ルーファスがいた。
「ルーファス、喋れるの?」
『人間の言葉を話すことはできないが、こうして思念を飛ばして人間と意思疎通を図ることはできる』
「そうなんだ」
全然知らなかった。
他の竜も同じことができるのだろうか。
『それよりアカリ、すまないが私と一緒に来てくれないか?』
ルーファスがまっすぐな眼差しでこちらを見る。
まるでご主人のレオニーダさんみたい――そんなことを思ったのも束の間、次の台詞でのんきな感想は消し飛んだ。
『レオニーダが倒れた。アカリに助けてほしいのだ』
必要なものを急いで鞄の中に放り込み、私はルーファスに跨る。
竜に乗るのは初めてだけれど、運転免許とかはなくて大丈夫なのだろうか?
「あの、私がいた世界には竜っていなくて――今日初めて乗るんだけど、大丈夫かな? 資格とかいる?」
『特に問題ない、私が乗せたいものを乗せるだけだ』
それなら良かった。
とりあえず無免許運転で捕まる心配はなくなった。
『それではアカリ、しっかり捕まっていてくれ』
「うん、わかった――って、わぁっ!?」
ルーファスはそのままの体制で空に飛び立つ。
助走とかないんだな、これまでも見ていたつもりだけれど、いざ乗ってみると驚かされることが多い。
遠ざかっていく地上を見ながら慌ててルーファスの首にしがみつく。
「ごめんルーファス、苦しくない?」
『大丈夫だ。できるだけゆっくり飛ぶから、良かったら周囲の景色でも見ていてくれ』
「う、うん……ありがとう」
確かに勢いはあるが、身体を起こせない程の風圧はかかっていない。
高所恐怖症でなくて良かった――そう思いながら顔を上げると、視界が青一色に塗り潰された。
「わぁ……!」
興奮のあまり、それ以上言葉が出てこない。
そこには表現しきれない程多彩な青があった。
上空は色濃く、地表に迫る程に薄く、圧倒的に輝く太陽の周辺は白んでいて――さすがにスケッチするのは難しいので、私は必死でその光景を目に焼き付ける。
『――気に入ったか』
ルーファスの声ではっと我に返った。
違う違う、空中散歩を楽しんでいる場合じゃない。
「それより、レオニーダさんどうしちゃったの? 倒れたって……」
『あぁ、珍しく体調を崩してしまってな。今寝込んでいるんだ』
「えっ、大丈夫?」
『ここのところバラムの尻拭いをさせられることが多くてな、昨日もほとんど寝ていなかった』
「……シンプルに働き過ぎじゃない?」
魔術団長程偉くなってもそんなに働かなきゃいけないとは――。
そんなことを考えつつ、ふと気になったのでルーファスに尋ねる。
「あれ、バラムってあの神官長? レオニーダさんとあの人って何か関係あるの?」
そう、私がこの世界に召喚された時にいたバラム神官長。
あの時も色々と言い訳しては胡散臭い笑みを浮かべていた。
……思い出すとむかついてくる。
すると、少しだけ時間が空いて――言い澱んでいたのかも知れない――ルーファスの思念が私に飛んできた。
『あぁ――実は、また異世界から新たな勇者が召喚されてきたのだ』
「……はぁ!?」




