第5話 : からかわれて、気づかされて
「ねぇ、つばさってさあ」
お昼休み、購買の帰り道。
あかりが突然、少し真面目な顔をして言った。
「……最近、ちょっと変じゃない?」
「へ? 何が?」
「ほら、なんかさ。藤井くんと目合うときの顔とか、すっごい分かりやすいよ?」
「なっ……! ちょ、やめてよ、そういうのっ!」
顔が一気に熱くなる。
声が裏返って、思わず立ち止まりそうになった。
「別に悪いことじゃないでしょ〜? 気になる人ができるのって、青春って感じ!」
「いや、そういうんじゃ……」
否定しようとして、自分でも言葉につまった。
“そういうんじゃない”って、本当にそうかな。
彼のことを気にして、目で追って、
笑ってくれるだけで嬉しくなって、
逆にそっけないと、ちょっと寂しくなる。
これって——
「……そういうの、かも」
思わず、小さな声で漏れた本音に、
あかりは一瞬驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「ふふ、やっぱりね」
それだけ言って、彼女は自分のパンをひと口かじった。
まるで、もう何も聞かないよって顔だった。
*
午後の授業。
窓際の光が教室に差し込むなか、
ふと目を上げた先に、藤井くんがいた。
ノートに何かを書きながら、少し考え込むような顔。
時々、指先でペンを回している癖。
私、いつの間にこんなに彼のことを見てたんだろう。
そんな風にぼんやり思っていたら——
彼が、こちらを見た。
また、目が合った。
でも今日は、私も逸らさなかった。
一秒、二秒……
そして彼がふっと笑った。
私は胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に包まれて、
でも、不思議と怖くはなかった。
——ちゃんと、見てくれてる。
そのことが、ただそれだけが、嬉しかった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
第5話では、つばさが「自分の気持ち」に気づき始める瞬間を描きました。
誰かを「気になる」っていう気持ちは、最初はふわふわしていて、
自分でもよくわからないものですよね。
でも、友達にからかわれたり、ちょっと背中を押されたりして——
ようやく、素直になれる時がくる。
そういう、じんわりとした感情の変化を、
大事に拾っていきたいと思っています。
そして藤井くんもまた、彼なりに何かを感じ始めているはずです。
このふたりの距離がどう変わっていくのか、
次の話もぜひ見届けてくださいね。