第3話 : 目が合った、その一瞬
朝の教室。
いつも通りの喧騒が流れていた。
誰かの笑い声、椅子を引く音、友達同士の挨拶。
そのすべてが日常の一部で、いつもと変わらないはずなのに。
——違和感があった。
私の中だけで。
昨日の放課後。
あの静かな時間と、藤井くんの優しい「ふっと笑う顔」が、頭から離れなかった。
普段は無口で、目も合わないような彼が、
あの時だけは、ちゃんと私を見ていた気がする。
*
「おはよう、つばさー!」
「おはよー!」
友達に呼ばれ、笑顔で返す。
けど、目は自然と教室の後ろの席を探していた。
……いた。
藤井くんはいつものように席に座り、ノートに何かを書いていた。
けれど、不意に彼が顔を上げた。
——目が合った。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬が心の中に波紋を広げた。
彼も、少し驚いたように目を見開き、すぐに視線を戻した。
私は、なんでもないように振る舞いながらも、
心臓がどくん、とひとつ大きく鳴ったのを感じた。
*
「なに見てんの〜?」
隣の席の友達にからかわれ、私はあわてて笑ってごまかした。
「え、なにも。ちょっとボーッとしてただけ〜」
本当は、違う。
ただ、目が合っただけなのに。
どうしてこんなに気になるんだろう。
どうしてこんなに、心がざわつくんだろう。
藤井くんは——
今、私のことをどう思ってるのかな。
そんなことを考えてしまう私は、
もうきっと、「昨日の私」じゃない。
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今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
目が合う、ただそれだけの出来事。
けれど、その「一瞬」に心が揺れる瞬間って、たしかにありますよね。
今まで何とも思っていなかった相手が、
ある日突然、少しだけ気になる存在になる——
そんな小さな違和感から、物語は動き出します。
第3話では、つばさの中での「変化の始まり」を描いてみました。
次回から、彼女の視線や心の動きにも、少しずつ変化が現れていく予定です。
次の話も、放課後の片隅でそっと覗いていただけたら嬉しいです。