第27話 罪の証拠
ダルシャンは駿馬のような足取りで石段を駆け上がり、処刑台に飛び乗った。突然現れた第三王子の姿に、処刑人たちが後ずさる。
斬首の態勢から解放されたジャニは、唇を震わせてダルシャンを見上げた。
「ダルシャン様……」
「――ジャヤシュリー」
ダルシャンはジャニのそばにひざまずく。自分の肩布を外し、ジャニの額の傷にそっと当てた。未だ止まらない血がダルシャンの肩布を赤く染めた。
彼の黒い瞳が、刃のような鋭さで周囲を薙ぐ。人々がさらに一歩、後退した。
「よくも我が妃をこのような目に遭わせたな。一度ならず、二度までも」
低い声が怒りをにじませて響く。
王宮の広場全体がさっと静まり返った。
「――出てこい、サンジタ!」
ダルシャンが吼える。
壇上の人垣を割って、摂政サンジタが姿を現わした。老獪なる男は目を軽くすがめ、ダルシャンを見やった。
「第三王子殿下といえど、処刑の邪魔はなりませぬぞ」
「ほざけ。我が妃は魔女でもなければ、先王妃殺害の犯人でもない。ジャヤシュリーはずっと俺のそばにいた――貴様らに誘拐される直前までな」
ダルシャンはジャニをかばうように立ち、サンジタをねめつけた。
「果たして貴様らは、ジャヤシュリーを正しく裁いたのか?」
サンジタは口の端で小さく笑った。
「面白いことをおっしゃる。侍女の殺害事件後、この女を連れて逃亡なさったのは、自ら罪を認める行為では?」
『この女』という言葉と共に、サンジタはジャニを指さす。
ダルシャンの目元が険しくなった。
「それは貴様らがジャヤシュリーを有罪と決めつけて投獄しようとしたからだろうが。逆に尋ねるぞ――ジャヤシュリーが魔女であり、犯人だという証拠が、いったいどこにあるのだ」
そうだ。そのことはジャニ自身も彼らに問うた。――しかし。
サンジタが片手を挙げる。すれば、彼の弟子インディーヴァラが進み出た。その手には、乾いた血を黒くこびりつかせた短剣が握られている。
若き弟子は灰色の目を厭らしく細め、ジャニを見やった。
「この凶器が何よりの証拠。私がこの者を逮捕したとき、その手元にございました」
「……違います。私のものではありません」
ジャニは声を振り絞る。ダルシャンの肩布を額から離し、重い鎖を引きずって立ち上がった。
「私は――炎を使うことができます。なのにどうしてわざわざ、証拠が残るような形で刺殺せねばならないのですか」
群衆がざわめいた。王侯貴族たちも目を見交わし、何ごとかを話し合っている。
「それに、私は……ラマニー様にも、パーヴァニーやその他の女性たちにも、何の恨みも持っていません。殺す理由などありません」
「お前が人の生き血を吸って生き永らえる魔女だからだろう! 〈炎神の験〉のふりをしつつ、女たちの血を呑むために刃で裂いて殺したのだ。違うか!」
「違います。そもそも――〈験〉でないのならば魔女だと、そう決めつけられるのはなぜですか? 第一、〈炎神の験〉の話そのものが……」
ジャニが言いかけたとき、ダルシャンが苛立ちのにじむ声を上げた。
「インディーヴァラ、何度言わせるのだ! 我が妃を魔女呼ばわりするのならば、言い訳のしようのない証拠を出せ。そのような刃をジャヤシュリーが持っているところなど、見たこともない。どれほどの言いがかりを我が妃につけているか、自覚はあるのだろうな!」
「――失礼する」
ふいに冷ややかな声が響き渡った。全員の目が一点へ向く。
王侯貴族の席から立ち上がったのは、第二王子アラヴィンダだった。その背後には、彼の近衛兵にして第二の〈炎神の験〉候補、ルドラが控えている。
「摂政サンジタ殿。弑された先王妃の子として、あえて問おう。――罪人に人を裁く資格があるのか、と」
罪人? 罪人だと?
群衆が一斉にざわめく。インディーヴァラがうろたえ、サンジタが表情を硬くした。
「正しき証拠を集め、中立なる判事を複数人立てて、ジャヤシュリー妃の裁判をやり直せ。それこそが我が母の無念に報いることになろう」
サンジタが手を挙げると、ざわめきが徐々に引いていった。
彼は静かな声でアラヴィンダに問うた。
「何を根拠に、私が罪人だと?」
すれば、アラヴィンダは背後の男を振り返った。
「――ルドラ」
すれば黒髪の男は、腰帯に挟んだ何かをアラヴィンダに手渡した。
アラヴィンダはそれを――両掌に収まる程度の木片をじっと見つめたのち、サンジタに視線を戻した。
「これなるは、摂政サンジタの手による人身売買の被害者が残した証言である」
――集まった人々が息を呑んだ。
人身売買は、プラカーシャの法においては相当なる大罪だ。
そのような罪を犯した者が人を裁くなど――ましてや摂政の座に就くなど、許されることではない。
サンジタの顔から、わずかに色が引いた。
アラヴィンダは木片を高く掲げた。
「この木片には、つたない文言ではあるが、摂政サンジタが人を買い、その者に暴行を働こうとしたことが記されている。かくなるうえは、この文言の真偽を精査し、摂政が今の座にあることの正否を明らかにするのが先決であろう」
ダルシャンが驚きもあらわな表情でアラヴィンダを見やった。
「……アラヴィンダ兄上」
アラヴィンダはダルシャンに歩み寄り、木片を彼に手渡す。木片の文字をたどったダルシャンの目が大きく見開かれた。
サンジタは表情をわずかに歪め、口を開いた。
「そのようなもの、いくらでも偽造ができましょう」
すればルドラが口を開いた。
「これは証言のほんの一部だ。元あった場所にはまだ多くの記録が残されている」
その言葉を聞いたサンジタは、いっそう顔を歪めた。彼が必死に反論を考えているのが伝わってきた。
ジャニはそっとダルシャンの腕に触れた。すれば彼は木片を彼女に見せてきた。
その文字を読み――ジャニは確信した。
「……ディーパさん」
彼女が呟くや、ダルシャンはハッとしたように群衆の方を振り向いた。
王子の視線を追うように、人々のまなざしが次々と後ろを向く。
その先にいたのは。
顔を土気色にし、それでも足を踏みしめて立っていたのは。
ジャニたちが別れてきたはずの一座の踊り子、ディーパに他ならなかった。




