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2-1 多様なクラスメイト

僕らの通うエデン国立アルカディア中学校・高校は、「個人に最適化された教育」が方針で、生徒たちの事情に最大限配慮して、最適化された教育を提供することをモットーとしている、エデン連邦共和国のなかでも肝いりの有名な学校だ。そして、エデン国民には別の意味でも有名である――変わり者が集う高校として。

……というのも、応募者が殺到しすぎて、一風変わった配慮の必要な生徒しか、受け入れる余裕がないのだ。僕は、政府肝いりプロジェクトの人間標本として、様々な調整が必要なので受け入れてもらったようだし、ダリウスは、おそらく、普通の教育課程ではとてもじゃないが足りないのだろう。


他にも、見た目からして明らかに異質な同級生たちもいた。


――例えば、ミオ。彼女は艶やかな黒髪をしていて、瞳孔は黄色い――ここまでは普通なのだが、なんと、その瞳孔は縦長に切れていて、全身にはふわふわの毛が生えている。さらに、猫のような耳と尻尾が生えており、上唇はωのように分かれて、そこから覗く犬歯が目立っている。明らかに、黒猫を意識してデザインされた、遺伝子改変による子どもだ。


僕は不思議に思って両親に尋ねたことがある。ミオは、まだエデンが形成されず遺伝子疾患が治療不可能だった頃に稀にあった、人間の突然変異の遺伝子を組み合わせており、そこからさらに、手術を行っているそうだ。尻尾はヒトにも生えた例があるらしい。全身に体毛が生えた例もある。上唇が分かれているのは、口唇裂といって、昔のヒトにはよくみられた症例らしい。犬歯も普通にあり得るそうだ。耳に関しては、おそらくオルガノイドによる生体パーツを人工幹細胞で作って適合させたのだろう、瞳孔は後天的に手術をしたと考えられると言っていた。そう口では淡々と話す両親の苦々しい顔が忘れられない。


ミオほどまで改変されているような例はなかなか見ないが、肌と髪が真っ白な先天性白皮症(アルビノ)は、かなりの数がいる。先天性白皮症(アルビノ)の場合は、紫外線に耐性がないから特別な配慮が必要なのだ。他にも、人為的に軟骨不形成症にされてかなり小さな生徒やら、普通に事故で身体障碍をおってしまっている生徒やら。


外見ではなく、内面でいえば、暗記力がずば抜けていて見たもの全てを覚えてしまう――要は、忘れられないともいう生徒も、中にはいる。そうでなくとも、集中力が極端すぎて通常の学校生活に苦労している生徒はかなり多い。まあ、集中力の場合は、投薬治療とブレイン・インプラントで症状を抑えられることがほとんどなので、よほどの場合しか、うちの高校にはやってこないが。


遺伝子スクリーニングと編集技術によって、遺伝子疾患は一掃されたはずだというのに、わざわざ疾患を産み出すとは許せない所業だ、とダリウスは言っていた。現在ではこれらの「極端な」遺伝子改変は子どもたちの人権を損ねているとして、違法行為となっている。ダリウスの親父さん―レオナルド・レイヴァン議員の成果だ。ただ、すでに生まれてしまった子どもたちは仕方がない。政府は「特別な配慮」ができる学校を新設した――という訳だ。


政府の中では、こうした遺伝子操作を極端だと主張する一派と、何のための科学技術とエデンなのか、と主張する一派があり、議論の的だ。


**


ダリウスは席に腰を下ろしたまま、ニュースサイトを眺めている。その画面には、連邦議会の委員会で行われた激しい討論の要旨が載っていた。


「『親が勝手に見た目や能力を変えるなんて、子どもの“人権侵害”だ』って主張してる派閥があって、“保護派”って呼ばれてる。俺の親父は保護派だ。一方で、対立する“革新派”と呼ばれる連中は『エデンが誇る遺伝子技術を使わない手はない。むしろ規制を緩めて子どもが多様性を得ることこそが進歩だ』なんて言ってる」


ダリウスが解説してくれるが、どっちが正しいか、僕にはすぐ答えが出せない。たとえばミオのように、極端な見た目になった子どもが本当に幸せなのか? あるいは、それこそエデンの科学技術の最先端を示していて、将来は社会に新しいインスピレーションをもたらすかもしれない。

しかし当人の意思がないまま改変されているのなら、やはり問題があるんじゃないか――僕は考え込んでしまう。


「いまじゃ“保護派”と“革新派”の対立が激しくて、親父も頭を悩ませてる。親父は“過度な改変は禁じるべき”っていう立場で法整備を進めたんだけどさ、革新派から『おまえは科学の進歩を否定するのか』って叩かれてるらしい」

ダリウスは苦笑いを浮かべる。

「まさにバビロンとの関係とか、エデンの在り方そのものが問われてる、ってことだよな」


僕はふと、教室の隅でうつむいているミオの姿を思い出した。授業中、彼女は眼鏡型の支援デバイスをつけていて、視覚過敏や聴覚鈍麻を緩和している。


毛むくじゃらで、猫のような耳を持ち、瞳孔も縦長。少し歩くだけでしっぽが揺れて視線を集めてしまう。それでも彼女は当たり前のように日常を送っているが、正直彼女にとっては生きづらい要素も多いんじゃなかろうか。彼女は、それを受け入れているのだろうか。ミオと話したことはあるが、到底、そんな立ち入った話は聞けなかった。


ダリウスが画面を消しながら、ぽつりとつぶやく。

「エデンって結局、何のためにあるんだろうな。“人類が理想を追い求める”って言うけど、こうやって苦しむ子どもがいるなら理想とは言えないだろ」


僕は答えられず、曖昧に目を伏せた。エデンという理想郷は、遺伝子編集技術と高度な計算機技術、ブレイン・インプラントをはじめとする医療技術で繁栄してきた。けれど、その技術が本当に誰かを幸せにしているのか。幸せとは一体何なのか、理想的な人間標本と言われる僕は幸せなのか。


僕にそんな疑問を正面から投げかけてきた事件が、学園祭だった。


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