1-3 悪だくみ
それから僕らは、この喫茶店でバビロンについて調べるのが自ずと日課になっていった。バビロンについては、ここエデンではほとんど話題にあがることがない。歴史の授業で現代史として軽く習う程度だ。それもそのはず。100年近く国交が断絶している地域について教えるのは、現実的ではない。それに、食料生産から工業まで、エデンはエデンで完結しているのだ。現代のバビロンについての情報は、驚くほどに少ない。一般人でありながらそんなことをわざわざ探るのは、僕らみたいな余程の物好きくらいだ。
だからこそ、バビロンを知るうえで、ダリウスがレオナルド・レイヴァン議員の息子であることは大いに役立った。エデン国内の政治家関係者だけが閲覧できる情報が、ほんの少しだけ手に入るからだ。
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「ヘイ!ビッグニュースだぜ、相棒!」
ある日、ダリウスが小躍りで駆け込んできた。こんなに上機嫌なダリウスは珍しい。学校ではいつもとってつけたようなすまし顔をしているというのに。ダリウスに密かに恋する女子たちに見せてやりたいくらいだ。僕は思わずくすりと笑ってしまった。
「おい、なんだよ」
「いや、柄にもなくはしゃいでいるなと思って、つい。悪いね。それで、ビッグニュースって?」
ダリウスは気まずそうに頭を掻きながら、いつもの席に腰を下ろした。
「俺の親父がぼやいていたのを聞いたんだが、エデン政府がバビロンに調査団を派遣するらしいんだ!そこに俺らを混ぜてもらえれば、最高じゃないか?」
ダリウスは嬉々として身を乗り出して話す。そんな彼の様子にも驚かされたが、派遣計画にも驚いた。そんな話が進んでいるのか。
「ああ、それはすごい話だ……けど、僕らのような学生が、参加できるものなのか?」
ダリウスはいつになく邪悪な笑みを浮かべると、コーヒーの入ったマグカップを机に置いた。いつものCafé Bereshitの少し暗い明かりが、その表情をいっそう印象的に映し出している。
「なんだよ、その顔。気持ち悪いな」
アキテルは半分冗談めかして言う。今日はダリウスの顔芸の日のようだ。
「そこが問題だ。普通に考えれば、お呼びじゃない。だからこそ親父を“罠”にはめて同行できるようにするんだよ」
「罠って……なんだい、また物騒な」
「親父が“バビロン系企業と裏取引してるかも”って噂をネットに書いてやるんだよ。まあ、もちろんデマかもしれないけどな、親父を動揺させるには十分だ」
ダリウスはタブレットを取り出し、画面を見せる。そこには、〈レオナルド・レイヴァン議員がバビロンの企業と不正契約?〉とあり、衝撃的なものだ。まるで俗悪なゴシップサイトだし、記事の投稿時間はほんの数十分前で、書き手の名前も胡散臭いハンドルネームだ。
「それを親父さんにぶつけるのか?」
「そう。『こんな記事を見つけたんだけど、まじかよ…!誤りなら誤りでいいけど、真実なら……おれも正義感のために黙っちゃいられねえ!でも、おれもバビロンの調査団に入るってことが内定していたなら、バビロンの話をそんな風には話せないかもしれないなあ……?』って一芝居打つのさ。まあ、親父が観念して本当のところを話すかもしれない。そうなったらそうなったで面白いぜ」
彼のいたずらっ子のような笑顔を見て、僕は呆れ半分で問い返す。
「いやいや、そんな記事すぐ消されるんじゃないか? それに、そもそも親父さん、本当に裏取引してるわけじゃないんだろ?」
「そう、そこがポイント。もし本当なら大問題だし、ただのデマでもどう扱うか困るだろ?炎上が怖いから、親父も本気で対処せざるを得ない。しかも出所不明で追及しづらい。疑いがあるってだけで十分さ」 ダリウスの口元には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいる。
アキテルはやや困惑した様子で眉をしかめ、溜息まじりに首を振る。政治家としての経験が長い父親にそんな脅しが通じるのかも疑問だし、それ以上に親子関係が悪くなるんじゃないかと心配になる。
「やめとけよ。まずは正攻法で説得しないか?ちゃんと話し合いしたら案外聞いてくれるかもしれないし……」
「説得なんか、甘いんだよ。政治家ん十年の親父が、素直に聞くと思うか?」
ダリウスは、指先で軽くテーブルをトントンと叩いた。その表情からはさきほどのいたずらっ子のような笑みが消え、淡い焦りが覗くようにも見えた。
それでも、父親なんだから話くらい聞いてくれる……
アキテルはそう言いかけて、ダリウスの目を見て言葉を切った。外野が軽率に口出しできる問題でもないのかもしれない。
「……まあ、とにかく一回でいいんだ、説得を試してみようよ。それで済むなら騙すよりよほどいいじゃないか。」
半ば折れるように、アキテルは提案する。ダリウスはふんと鼻を鳴らしながらも、
「まあ……分かった。一度は真っ当に頼んでみる。でも親父が門前払いなら、迷わず作戦実行だ。いいな?」と、結局それに同意した。