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2-5 正反対

グダグダ続きのホームルームは、夏休み明けから何回目になるだろう。進行係のエミリアが操作する議事録には、空回りした討議の跡が淡々と記録されている。


「えー、学園祭の出し物についてですが……うう、どうしましょう…」

内気なエミリアが、困惑混じりに議事録を示した。あちらこちらでため息が出る。カフェだ、展示だ、ダンスだ――あれこれ案は出ても、決定打がない。


そんな空気を見かねたのか、担任のリー先生が苦笑しながら口を開く。

「みなさん。学園祭までもうあまり時間がないわよ?もうそろそろ、何をやるか決めないと。」


今年の学園祭のテーマは教育省お達しの“多様性”。先生はこれまでのホームルームでも、「自分の特性や他者を理解し合う姿勢を」と繰り返していた。


「映画とかどうかな……?」

「映画だと、生成AIに任せたら簡単にそれっぽいものができるじゃん、つまらなくない?」

「逆に演劇とか、古臭いけど、一周回って出し物として新鮮かも。ちゃんとやってる感もでるし」

誰かがぼそっと呟いた瞬間、何人かが顔を見合わせる。確かにそうだけれど、どんな内容にするのか想像がつかない。


どんな内容にするのか――それを話題に騒然としたところに、文芸に強いジヒョンが小さく手を挙げた。


「……なら“普通の演劇”はつまらないよ。いっそ、わたしたちの“多様性”を逆手に取って、“正反対の役”をやるのはどう?演劇ならではで、テーマにもぴったりだし、面白いと思うんだ――私が脚本を書くよ」

ジヒョンは目を輝かせる。普段から漫画や小説を愛読しており、脚本づくりにも興味津々らしい。


「えー、面倒臭そう……」

「いや、結構面白そうじゃない?」

「正反対の役って、どんな風になるんだ……?」


「これは好感触かな」といった表情で、リー先生は話を引き継ぐ。

「面白いアイデアね。それから、みんながみんな、舞台に出る必要もないのよ。裏方に回って盛り上げる手だってあるんだから。困ったら誰かと交代したりして、あくまで、やりたい人でやる方がいいからね」


そして話し合いに戻ると、いつもダリウスに対抗意識を燃やして突っかかる連中――ディエゴたち――がニヤつきながら声を上げた。


「ダリウス、てめーは何やってもバカな役ってどうよ?」

「そうそう、失敗ばっかりの“愚か者”設定。これは笑えるぜ」


周囲が「たしかに、それ、ちょっと見てみたいかも」と盛り上がりを見せる一方で、ダリウスは頬杖をついてすまし顔をしている。そんな活気を傍目に、ジヒョンは少し不安そうに、「あんなこと言ってるけど、ダリウスはいいの?」と尋ねる。


意外なことに、ダリウスはあっさりと承諾した。

「ああ、別に構わないぜ。」


ディエゴたちは肩透かしを食ったらしく、「え、いいのかよ…」と呆気にとられていた。お前らの思惑通りなのに、豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔しやがって、と僕が心の中でほくそ笑んでいるうちに、いつのまにやら決定事項の空気が出来上がっていた。


ジヒョンが踊るように指を滑らせてメモを取っている。その姿が、脚本担当という役割も相まって、まるで指揮者のようだ。感嘆しているところに、ジヒョンから「ねえ、アキテル」と声が飛んできて、僕は慌てて姿勢を正す。


「アキテルはさ……“理想的な人間標本”で健康そのものだから、真逆は重い障害を抱えた役じゃない? たとえば三重苦のキャラとか。ヘレン・ケラー的なイメージ?どうかな?」


思わず息をのむ。そんな重たい設定を演じるのか……? でも、確かに“正反対”といえばそうかもしれない。


「い、いいけど……ちゃんとできるかな……」とためらいがちに言うと、先生がやんわり微笑んだ。「大丈夫。あなたなら真剣に取り組めるはずよ。もし、困ったら相談してね。」


ミオは「私の逆ってどうなるのかな?」と呟いた。クラスメイトが「たとえば普通の人間に設定するとか?」と提案するが、彼女はピンとこないようで、首をかしげる。そこに低身長症のクリスピンが、「俺の身長を一時的にでも高くできるってもんならやってみたいよ」とため息をつく。……身体的特徴の正反対というのは、無理難題かもしれない。


一方で、メイリンは不器用な自分が「万能なメイド長」をやる案に苦笑しつつも「まぁ、ちょっと楽しそう」と言い、エミリアは「地味な私が派手なお姫様……想像つかないけど、ちょっとわくわくするかも」と恥ずかしそうに頬を染める。


ディエゴは「じゃあ俺たちはもちろん、愚か者のダリウスを徹底的にコケにしてやろうじゃないか」とニヤついている。そこに、「おい、どこも正反対の要素はないじゃないか」「いや、()()()()()()()やられないのは正反対とも言えるぞ」「なんだとてめぇ」と沸き返っていて大層騒がしい。


時間になり、エミリアが議事録を表示する。「えっと、では……まとめると“いつもの自分と正反対の役を演じる演劇”で決定……ということで、よかったです? 脚本の担当は……」


エミリアが確認するようにジヒョンの顔を見る。「もちろん、私が書き上げます! せっかくだから、ちょっと感動ものにしたいな、って考えてるところです。――みんなの意見も聞くから、安心してね!」


先生はうなずく。「オッケー。あなたたちの思うようにやりなさい。こういうものに大人が口出しすると面白くなくなるからね。ただし、ちょっとでも困ったときは必ず相談するのよ? 助け舟は出すからね。」


ホームルームが終わってからも、クラスのあちこちで「わーどうしよう台詞覚えられるかな」「衣装とか小道具ってどうするんだろう……学校の3Dプリンターを使わせてもらえたら楽なんだけど」などとざわめきが続き、グダグダの末に決まった“正反対の演劇”が、意外にも盛り上がりを見せ始めている。


僕は講義へ向かう準備をしているダリウスの近くに行って声をかけた。

「愚か者役、やるんだね……」

「まあ、なんでもやってやるよ」とダリウスは事もなげに言う。


ディエゴが遠巻きにジロッと睨みつけているが、ダリウスはそれに気づかない素振りで、「アキテルも、たぶんあの調子だと結構主役の方だろ、がんばれよ」と続ける。


「うん、ありがとう」と少しうわの空の生返事を返したのち、僕は講義へ向かうダリウスの背中を目で追っていた。自分のやる役なんかより、彼が失敗ばかりの少年をどう演じるのかの方が、気になって仕方がなかった。



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