序章 猫の日
2222年2月22日。二万年に一度の猫の日!
そんな謳い文句とともに、小さな猫をあしらった雑貨やスイーツの屋台が軒を連ねている。人々が浮かれるその光景を、僕はどこか他人事のように眺めていた。
「二万年に一度ってなんだよ。せいぜい2000年ぶりじゃないか?もっと言いようがあるだろうに…」
慣れ親しんだ相棒の声がする。私はいつものように相槌を打とうと振り返ったが、ふと我に返った。
いるはずがないのだ。あいつはこの世にはいない。心のどこかで期待してしまった自分が厭になる。幻聴まで聞くなんて。
…本当にどうかしている。私は頭を大きく横に振った。流行りらしいバーチャル猫耳をご機嫌そうにピコピコ動かしている小学生が、怪訝そうに私を一瞥して歩いて行った。そうだろう、君にとっては関係のない話だ。それでいいんだ。私は言い聞かせるようにそう呟いた。
猫の日というなんとも呑気で平和なイベントが、異質な私の輪郭をまざまざと鮮明に浮かび上がらせる。私は雲一つなく晴れ渡った空を仰いだ。生ぬるい空気と晴れ渡った空が、妙に冷たく感じられるのは、恐らく自分の心模様のせいだろう。
感傷に浸りながら歩いていると、視界の端に、馴染みの少し古めかしい看板が映る。
―Café Bereshit
思い返せば、ここがすべての始まりだった。
ドアを開けると、コーヒーの香りが鼻をくすぐり、穏やかな空気が包み込んだ。聞きなれたメロディが響く空間の中、これまでの記憶が頭の中に次々と立ち現れ、つい感傷に浸る。僕は記憶がよみがえるのを感じながら、空いている席に腰を下ろした。