表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷蝶の奏曲  作者: 重鳴ひいろ
五章
75/76

#66 最後の協奏曲――⑥

 最後の一分は、普段のそれより誰もが長く感じた。

 現実世界で魔術を使える術師=その身に龍神を宿すものが、死を覚悟し、だが誰一人として死なないために戦い抜いた。

 そして――その時が来た。



 「多次元構成、完了……ヴォルカ・セルティマ・カルディオラ……"リーズディルト"起動」

 綾は、機械的な口調、声音で告げる。

 直後、綾を中心に半径およそ数百キロという巨大な空間が、蒼金の雷撃が包む。

 それは、確実にネットワーク・ウイルスだけを殺し、人間やその他の生物、街や都市を救った。膨大な数のネットワーク・ウイルスが、一瞬のうちに姿を消した。

 人々が歓声に沸く中、綾は……――。











 リオナは走った。人の合間を縫い、全速力で走った。秀のことは未奈たちに任せ、リオナは走りに走った。綾の元へ。

 綾は、まるで爆心地のような場所の中心に倒れていた。辺りの様子を見る限り、ここはどうやら小さな自然公園のような場所のようだ。学園内だが一度も来たことがない場所だった。

 リオナは急いで救急車を呼ぼうとして、途中で手が止まった。

 気付いたのだ。気付いてしまった。だが同時に、その事実が信じられなかった。信じたくなかった。

 「なんで……」

 何でこうなった?何がいけなかった?自分ならともかく、綾がなんでこうならなければならない?

 綾は、冷たかった。綾は、動かなかった。綾の目は、開かなかった。綾の口は、何も言わなかった。綾の手は、握ってくれなかった。綾の足は、立たなかった。綾の心臓は、鼓動を刻んでいなかった。


 綾は――死んでいた。


 「うぅ……」

 リオナの両瞳から、大粒の涙が次々と零れる。全身が震える。頭が真っ白になる。

 「ぁぁあああっっ…………!」

 涙は止まらなかった。金の瞳から、透明な雫が幾度も流れ、溢れ、綾の服を濡らした。

 リオナは泣いた。声を上げ、涙が、あるいは声が枯れるまで。

 










 死んだのは、綾だけではなかった。

 「どうして、私は生き残り、あなたは死んでしまったのかしら?」

 エリディアは、虚空へと問いを投げる。無論、それに答える人物はいない。

 エリディアの傍らには、栗原沙希が倒れている。心臓の鼓動はなく、息もしておらず、身体も冷たい。素人にもわかる状態だった。そして、いかなる手段を用いても蘇生できないことも、理解できてしまう状態だった。

 こんな時に限って、己の身体に宿る龍神は何も言わない。否、言えない。この身体にはもう、龍神はいないから。恐らく、先ほどのネットワーク・ウイルスを消滅させる魔術によって、一緒に消し飛んでしまったのだろう。長いとも短いとも言えない時を過ごした者との唐突の別れに、エリディアは寂しさを感じずにはいられなかった。しかし、それよりも今は――。

 「本当に、どうして私は生き残ってしまったのかしら?」

 頬を何度も涙が伝う。

 「どうして……っ」

 問いは、虚しく響く。












 カールは、横たわるセラのもとに降り立った。

 その表情を見た途端、やや呆れた。

 「まったく……なんで幸せそうな顔して死んでんだか……」

 カールには、その表情が笑みに見えたのだ。

 「やっと、愛しのレイトのトコに行けるってか?」

 はぁ……、とため息をつく。だがそのため息は震えていた。

 「会ったのだって数えるほどでしかなかったのに……なんでこんな気持ちになるんだか……」

 カールは空を見上げた。そこには雲などなかったが――

 「こいつは……ベタすぎるが……大雨だな。豪雨だ、豪雨」

 そんなことを、震える声で呟く。





 この日、フィレネスの一部地域に悲しみの大雨が降った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ