#65 最後の協奏曲――⑤
――残り、四分。
セラは、歪んだ魔術を放ちながら、時間を確認する。
ラーゼリッタは、脳とダイレクトリンクしている。そして今セラは、そのラーゼリッタを、正確にはその中にある規格外のプログラムを使用して魔術を使っている。その際に生じる負荷はそのまま脳に響くため、誰よりも早く限界を迎えそうだった。
――……っ………危うく意識が…。
しかし、今攻撃の手を止めるわけにはいかなかった。緩めれば、その分多くの犠牲が出る。
「はぁ…はぁ……ラーゼリッタが熱いですね……あるいは先にこちらが――」
戦場は熾烈を極め、独り言を呟く余裕もなくなりつつある。それは何も、ここだけというわけではないだろう。むしろ、ここが最も敵の少ない戦場かもしれないのだ。
「いずれにしても……彼女をあんな風にしたのは私たち……こちらの勝手に無理やり付き合わせたのですから、そのツケくらいは払わないと……そうでしょう、レイト?」
セラは、今は亡き天才に問う。答えは無論返ってはこない。だが同時に、レイトならばどう返事するか、セラには容易に想像できた。
払い切れるかどうか不明だが、できる限り多くツケを払うため、セラは全力で魔術を叩き込んでいく。
♪
――残り、三分。
「これは……本当に想像以上だな。硬い……」
『だから言っているだろう。いい加減範囲攻撃は止めて、一体ずつ確実に倒す方が効率的だと』
沙希に宿る天空の三大神龍の一角・エルィエは、ため息混じりにそう助言した。
だが当の沙希は、あまりその指示を聞いていない。というのも、この戦場は現実世界であり、一体たりとも通すわけにはいかないという焦りがあるからだ。
だがその一方で、エルィエの言うことももっともだと思ってもいる。ネットワーク・ウイルスを止めること自体は成功しているものの、それより先に進めていないからだ。だからこそ、この膠着状態も長くは保たないだろうと、焦る。
「だったら、まとめて確実に倒せれば、問題ないのではないかしら?」
唐突に、戦場にはどうも不似合いな上品な声が響いた。
直後――目の前のネットワーク・ウイルスが全て薙ぎ払われ、吹き飛んだ。
こんなことができる、上品な口調の人物はそう多くはないだろう。少なくとも沙希は、該当する人物を一人しか知らない。
護姫、第一格位――
「エリディア・ミュレ・エトランシェ……」
コードは総滅の光輝。そのコードが表す通り、白金の光であらゆるものを破砕するとんでもないお嬢様だ。また、光輝のみ扱える回復魔術――現実世界で効果があるかは不明だが――も恐らく、全術師の中でもトップだろう。
護姫最強の術師は、荒れた戦場を見据え、笑みを消す。恰好は清楚なドレスとどう考えても選択を間違えているが、その表情は真剣そのものだった。
「エリディア……どうして私の所に来た?」
「それは愚問ではないかしら?」
「しかし、私の所よりもっと他に――」
「既に行きました」
沙希の言葉は、その揺るがない声に遮られ、最後まで口にする前に答えられた。
「確かに、あなたは魔術に秀で、強いかもしれません。しかし、人間は皆平等に弱いと私はおもいます。それは、あなたとて例外ではありません。だから、来ました。他の方のところには、既に行き、ある程度倒してきました。あなたが最後だから、来たのです」
ですが私が倒したのは一部にすぎません――エリディアはそう続けた。
沙希は、この型にはめたようなお嬢様術師に、もう何も言えなかった。そして、何も言わなかった。視線を、エリディアからネットワーク・ウイルス群に向ける。
――残り、一分。