#64 最後の協奏曲――④
ネットワーク・ウイルスを全消滅させる魔術が発現するまで、七分。
その間、沙希たちは自分たちを含めた綾以外の人間を守らなければならない。綾は今やネットワーク・ウイルスの中核であり、言い換えればこの世界で唯一安全を確保できた人間と言える。一方で、沙希たちはネットワーク・ウイルスにとって障害物でしかない。何もしなければ、即座に壊される、そういう存在だ。
「セラ、エルカ、アリス……それからカール。お前も手を貸せ。私たちはこれから、魔術が発現するまでの七分間、散開して一般人保護に努める。いいな?」
沙希がそう確認をとると、三人は無言で頷いた。
カールは、ラーゼリッタを経由して聞いてはいるだろうが、返事は返ってこなかった。だが沙希は、それを肯定の意と受け取る。そして――
「散開!」
四人は、四方に散った。
――魔術発現まで、残り六分。
♪
リオナは、今の現状に苛立ちを覚えていた。
リオナたちは今、身動きが出来ないでいた。魔術を使えない身で、ネットワーク・ウイルスの群中を突っ切るのは不可能だからだ。
リオナたちの目の前では、秀がたった一人でネットワーク・ウイルスと戦っている。紫体の四脚戦車型ネットワーク・ウイルス"エージウス"はすでに沈んでいたが、現れたネットワーク・ウイルスはそいつだけではない。数は増える一方で、逆にこれ以上魔術を使える人間が増えることはない。誰が見ても、人間側が不利なのは明白だった。
リオナは、奥歯を強く噛む。拳を強く握る。それでも、苛立ちは募るばかりだ。
護姫第四格位――電子世界でそう呼ばれていた自分は、現実世界では完全に無力だった。
何も護れない。
目の前で、自分たちを庇いながら戦う秀を、助けることができない。
綾も同じ状況だろうに、駆けつけることもできない。
そんな自分に、腹が立つ。
思えば、自分は助けられてばかりだ。綾によって救われたあの時から、ずっと。
綾は、自分を縛る鎖と自分の間に入って、痛みを和らげてくれた。綾は言った。鎖を砕くことはできない、と。だけど、鎖との隙間にならなってあげられる、と。その言葉は、リオナにとってリオナの鎖を砕くものに等しかった。その言葉は、痛み止めではなく治療薬のようだった。だからこそ、綾の傍にいて、今度は自分が綾を助けたいと思った。綾の痛みを、少しでも和らげたいと、そう思った。だが、気付けば綾の義妹になっていた。綾の助けになる前に、また綾に救われた。孤独から、救われた。
そして今度は、秀によって助けられている。
悔しさで涙が込み上げてきた。それは、目の淵で留まることなく、零れる。
どれだけ……――
「私は……ッ、……どれだけ助けられれば…………!」
そんな時、メールの着信音が脳内に響く。
涙を拭いながらメールを開けば、それは綾からのもので、しかし綾らしくない機械的な文面だった。
残り五分でネットワーク・ウイルス滅殺魔術が完成する。
メールには、それだけが書かれていた。
しかし、リオナには綾が何をやろうとしているかすぐに分かった。
滅殺魔術というものがどういうものか分からないが、ただ一つ。
綾はまた、我が身を犠牲にしようとしている。
他の全員を救うために、身を砕いてでも何かをやろうとしている。
分かっても、リオナにはどうすることもできない。補助することも、逆に止めることも。
見ているしか――
待つしか――
「………………ッ!」
――魔術発現まで、残り五分。