#61 最後の協奏曲――①
増幅器――セラ・リグナムは、綾とも沙希とも異なる、ラーゼリッタをは発動媒体として魔術を使い、滞空、カールが搭乗しているRGX-7700Fz"アグラント"と対峙している。彼女の後ろには、未だに状況を飲み込めていないエルカとアリスが、困惑顔で同様に滞空している。
「さてと……説明をしてくれますか、カール?」
セラは、漆黒の兵器――その操者に向かって問いかける。アグラントの高性能マイクは、しっかりとその声を拾った。
「何を説明しろと?」
「すべてです」
セラははっきりとした声で即座に返す。アグラントを見据える彼女の瞳は――鋭い。
「フラグメントを"予定"を違え綾に送信したこと、にもかかわらず"計画"を実行したこと、その計画実行において現実世界を巻き込んだこと、それらすべてです」
カールが負っていた"計画"とは、電子世界において綾を強襲、被神を使用することを決心させ、可能ならその先へ進ませ、同時に精神的耐久力の最終増強を図ることだ。また、現実世界における魔術戦のサポート役の二人目であるアリスを、綾の隊に組み込むことだ。
しかし、実際にはそれら"予定"から大きくはずれている。綾を成長させるどころか、逆に殺しかけたのだ。綾が死んでしまった場合、今までやってきたことが水泡に帰すのみならず、全人類が死滅するだろう。
「一言でいえば――時間がなくなった」
「どういうことですか?」
「37時間前のことだ。ネットワーク・ウイルスの増殖速度が、今までの48倍に跳ね上がった」
ネットワーク・ウイルス――コンピュータ・ウイルスの超発展型ともいえる存在で、その体躯や特徴は多岐にわたる。そんなネットワーク・ウイルスの増殖速度だが、近年上昇傾向にあった。同時に、個体ごとの身体的能力も上昇している。つまり、以前に比べ倒しにくく、数を減らすことは最早不可能に近いということだ。それでも、護姫をはじめ、提携していたギルドの協力もあり、何とか電子世界を維持できていた。
それが、ここにきて遂に崩れたのだ。これが意味するのは、電子世界の崩壊とネットワーク・ウイルスの成長だ。
電子世界は、文字通り電子のみで構成された世界だ。同じデジタル情報の塊であるネットワーク・ウイルスが、電子世界という情報源から情報を吸収していても、何らおかしくはない。そしてそれは、人類の危機に直結する。
人間が、自らが開発した技術によって電子世界と現実世界を行き来していたように、ネットワーク・ウイルスも往来を始める。ネットワーク・ウイルスは魔術でなければ恐らく倒せないだろう。だが一方で、ネットワーク・ウイルスの攻撃は魔術ではない。そして、人間は例外を除き現実世界で魔術を使用することはできない。アスフィナスにしても、量産に成功しているにも関わらず、量産性に優れているとはとてもじゃないがいえず、製造コストも非常に高い。
「それだけじゃない。学習能力、耐久力、攻撃性、攻撃力、どれも異常なスピードで向上している。現在進行形でな」
「つまり、一刻も早く最終"計画"を実行しなければならないということですか」
「結論を言えば、そういうことだ。どれくらいの猶予が残ってるかも分からないからないしな」
二人の声は、話している内容の割には落ち着いていた。
セラは、地上にいる沙希のもとへと向かった。
"計画"を実行するために。
♪
「それって……どういうこと?」
「今話したとおりだ。この二日未満の間に、人類の全滅率が飛躍的に上がった、ということだ」
綾は、セラとカールが話していたことを、沙希から聞かされた。
「沙希」
不意に、上から声が降ってきた。それはかつては毎日のように聞いていた、しかし今はもう柔らかさが微塵もない声だった。
「その顔……あなたは知っていたのですか」
「まぁ、そんなところだ。そして、それを知って私の所に来たというとは――」
「はい。最終"計画"を実行します」
セラは、綾に声をかけることもせず、沙希に何かを実行することを告げた。最終"計画"と言っていたが、綾にはさっぱりわからない。
「「all release,――collapse program in fragmentation,――start」」
全解除――フラグメントの崩壊プログラム、起動。
二人が、まるで魔術を唱えるように口にしたのは、そういう言葉だった。
「待って…………何をしたの!?」
「……私が持っている"四つ目のフラグメント"で電子世界の"基盤"を破壊して、セラが持っている"五つ目のフラグメント"で世界の"境界"を破壊した」
「なっ…………」
沙希が何を言っているのか分からなかった。基盤と境界を破壊した?そうしたらどうなるというのか?
頭が混乱気味の綾に向かって、セラが決定的な一言を放った。
「つまり、直に大増殖したネットワーク・ウイルスもろとも、電子世界は崩壊するのです」
ども、作者の神崎です(-o-)/
さて、物語はいよいよクライマックスへと向かって加速度的に進んでいきます(たぶん)。
一気に問題は"世界"規模に。
協奏曲の結末は、歓声と悲鳴、どちらに包まれるのか――。