#48 アスフィナス――②
綾は、一日目と二日目ともに二時間――午前と午後にそれぞれ一時間ずつシフトが入っている。
そして現在――。
「やっと来た。この私を待たせるなんて……その濁りきった眼球撃ち抜くわよ?ふぅ……まぁ、いいわ、座りなさい」
綾は、完全にキャラに成りきっていた。コスっているヒロインそのままに、眼光鋭く、口調はややきつめ。仕草はコピーしたかのように――というより、二次元の世界から出てきたと言わんばかりの完璧さ。周りの人間の開いた口が塞がらない程だ。
硬直している二人組の客を、装飾を施した教室の一角の空きテーブルに案内する。
「ほら、さっさと用件を言いなさい。手短に、はっきりと」
綾は、メニューを丸テーブルの上に放りながら、座った若年の客に告げる。
「じゃ、じゃあ、ホットコーヒー一つ」
「お、同じく」
「それでいいのね?――わかったわ、そこで待ってなさい。ホット二つ……あいつら相手に急ぐ必要はないわ。急いで失敗する方が問題よ」
綾は、淹れた別のクラスメイトからコーヒーを二つ載せた銀製の盆を受け取ると、それを手の上に乗せ、ツカツカという足音とともに客の所へと向かう。
「ほら……程々にゆっくりしていくといいわ。それがどの程度かくらいは、自分で考えなさい」
ここまでが、綾の接客における一連の動きだ。あくまでメイド喫茶ではないので(しかも学校の文化祭でしかないので)、それ以後の対応は基本的にはない。帰るときに、店員全員で共通口調で来店の礼を言うくらいである。
「なんだかんだ言ってノリノリだねぇ、栗原さん」
「うん……というか、そのレベルじゃないような気が……」
同じシフトのクラスメイトがヒソヒソとそんなことを囁ているが、綾は全く意に介さず、次の客の方へ行く。
幼馴染の来店を心待ちにしながら。
♪
一方、その幼馴染である秀はというと――
「…………」
大作RPGのメインヒロインにコスプレした詩織と、最近人気の電子ライトノベルのヒロインと化した凪に捕まっていた。ちなみに一緒に来ていた祐太は、いつの間にかいなくなっていた。実は、祐太は秀と離れていた少しの間に二人に先に鹵獲され、二人の説明を聞いて面白そうだからと参加、秀とは合流せず敢えて単独行動をしている。
「――それで、今はまだ"アルメ・ド・ワール"に行くべきじゃないと?」
「つまりは、そういうこと」
凪が、冷や汗を垂らしながら頷く。
「悪い、もう一度説明してくれないか?」
「はぁ……仕方ないなぁ、頭の悪い秀のために、もう一回だけ言ってあげる」
詩織が、やれやれと言った感じで首を振る。
「お前にだけは言われたくねぇよ」
「今"アルメ・ド・ワール"は秀には到底手に負えない事態にある」
「手に負えない事態……ねぇ」
「そう、秀に限らず、オスに分類される生物には解決できない非常事態。秀が行けば、役に立たないどころか、目が焼け落ち、骨が砕かれ、ホイップクリームを塗られることだろう」
「ホイップクリームの意味が分からないんだが」
秀は額を抑える。鈍い痛みが走りだしたからだ。
「とにかく、そんな状況だから、午後四時までは近づかないようにっ」
「いや、だからさっぱり意味が――」
「いい!?」
「お、おう」
すごい剣幕で詰め寄る詩織に、秀は思わず頷いてしまう。
「あ。あと、私たちシフト別々だから、一人じゃ寂しいだろうし必ずどっちかがいてあげるから。感謝するんだね」
いや頼んでねーし、と言いたいが周りの視線がアレなので、秀はぐっと堪える。そしてその視線を送る野郎どもを見て、秀は思う。
――これは、こっちの意志は完全無視とはいえ、喜ぶべきなのか?
「はぁ……」
ニコニコとぎこちなく笑む二人の厄介な美少女に、秀は思わずといった感じでため息を漏らすのであった。