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雷蝶の奏曲  作者: 重鳴ひいろ
四章
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番外編/風邪――②

 夕方、来客を告げる音色が家の中に響いた。

 私は、その音によって若干痛みを増した頭を抑えつつ、階下へ行くのも億劫だったので、ラーゼリッタを操作して玄関を解錠する。

 ガチャ、バタン、ドタドタドタ――!

 うるさく二階へと上がってきて、これまた勢いよくドアを開けたのは、親友の高槻詩織だった。

 紅蓮の髪をしたその少女は、上半身を起こした私の所まで来ると、はいコレ、と直方体の箱を差し出してきた。箱には、家の近くにある名店と評判の洋菓子店の名が書かれていた。開けてみると、案の定中にあったのはクリームで全体を覆ったショコラケーキだった――しかも、見るからに甘そうな。

 私は、視線をケーキから詩織へと移す。

 「美味しそうでしょ?」

 詩織は何を思ったか、そんなことを聞いてきた。

 確かに美味しそうではある。見た目もきれいだから、ショコラケーキの中でも高いものだろう。

 だが、やはり今の私に食べる気は全く起きなかった。

 「悪いんだけど、これ冷蔵庫に入れといてくれない?」

 私は、箱の蓋を閉じると、そう頼みながら詩織に渡した。詩織は、任せなさい、とか言いつつ箱を持って部屋を出ていく。

 と、詩織が部屋を出てから数秒と経たないうちに、再びベル音が鳴った。私は、さっきと同じように解錠をする。

 詩織とは違い、静かに上って来て、扉を開けたその人物は、私を見るなり叫ぶ。

 「綾お嬢様!?」

 と。現れたのは、私がまだ実家で暮らしていた頃、何かと世話をしてくれた少女――要は、専属のメイドだ――だった。名を、シーナ・デ・ルフィアという。

 「風邪を引かれたと聞きましたが……あの、何か?」

 私の3歳年上で、長い黒髪をリボンでツインテールにしている美少女メイド(濃紺のメイド服着装)は、彼女の後ろでポカンとして立っている詩織に声をかける。

 「え?あぁ……いや……メイドさんだなって」

 「はあ……」

 「改めて……綾ってお嬢様だったんだね」

 「詩織もじゃん……ケホッ…ケホッ…」

 「あ……大丈夫ですか、綾お嬢様?無理をなさらず横になってください……今、タオルをお取り返しますね」

 私は、素直に言うことを聞くことにした。

 私が横になったのをみると、シーナはてきぱきと動き始めた。

 さっきまで額に載せていた薄めのタオルを冷やしなおし、私の額にそっと置く。

 そしたら今度は、体温計を手渡してきたので熱を測る――38.9度。若干下がったが、それだけだ。平熱には程遠い。

 「あの、私にもなにか手伝えることは――」

 「綾お嬢様の傍にいていただけますか?私は下で、お粥を作ってきますので」

 「あ、はい」

 詩織が珍しくも敬語で応じていた。

 シーナは、すぐに作ってきますので少し待ってくださいね、と言い残し階下へと降りていった。

 私は、カーペットを敷いた床に直接座っている詩織を見た。

 「クッション使えばいいのに……」

 床暖房が入っているとはいえ、直接座っていてはお尻が痛くなってしまう。

 「気にしなくていいよ」

 だが詩織は、首を横に振った。本人がそう言っているのだから、別にいいのだろう。

 私は、重たくなってきた瞼を落とすことにした。途端、一気に眠気が包んでいく。

 












 

 「眠ってしまいましたか」

 シーナがお粥と緑茶、薬とそれを飲むための白湯(さゆ)を持って綾の部屋に入ると、二人の少女がその目を閉じていた。

 一人はもちろん、ベッドでその綺麗な深青の髪を僅かに広げて横になっている綾。そしてもう一人は、背中の真ん中あたりまで紅蓮の髪を流す、綾の友達だと思われる少女だ。

 シーナは、二人を起こさないように、そっと扉を閉める。

 綾の部屋は広いので、音にさえ気をつけていれば起こすことはない。

 シーナは、トレイをローテーブルの上へ置くと、静かに座り、部屋を見渡す。

 映るのは、普通の少女の部屋だ。そこには、金持ち特有の煌びやかさや華やかさはなく、いたって普通の部屋だった。

 だが、綾がこの部屋を簡単に手に入れられたかと言うと、もちろんそんなことはない。

 中学生の一人暮らしだ。当然、綾の両親は反対した。

 私立アンジエスタ学園には、寮もある。そっちではダメなのかと、口論になった。

 だが綾は、決して退かなかった。臆することなく、自分の考えを述べて、両親を何度も説得した。

 "一人暮らしだからできることがある"、と。

 "現代(いま)は、中学生でも十分一人暮らしをやっていけるんだから大丈夫"、と。

 "何もかも特別なのは嫌だから"、と。

 シーナとしては正直なところ、綾には寮に入ってほしかった。その方が安全だからだ。だが、その一方で、綾の意志を尊重したかった。シーナが、綾に仕えるようになったのは、綾が小学4年の時だ。だから、長いと言えば長いのかもしれないし、短いと言えば短いのかもしれない。しかし、シーナにとって時間は関係なかった。綾は、綾でしかないからだ。自分で決めたことは貫き通す、それが綾だ。それを知っているから、シーナは綾の両親に進言した。

 ――"一人暮らしをさせてみてはいかがでしょうか?"

 綾の両親は、渋々といった感じではあったが、許可を下した。

 そうして、今に至る。

 シーナは、綾の横顔へと目を向ける。

 そこにいるのは、金持ちの令嬢でもなく、電子世界で戦う術師でもない、普通の中学2年の女の子だ。

 普通に風邪を引くし、普通に友達も作る。

 そこに、特別などなくて、だからこそかけがえのないものに成り得るのだろう。

 「私も、綾お嬢様にとっての、"普通"という"特別"の一つになれたらいいです」

 シーナはそっと呟く。

 その顔に、柔らかな光のような微笑を浮かべながら。

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