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雷蝶の奏曲  作者: 重鳴ひいろ
三章
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#44 Summer Live in The Dark――⑧

 すべて終わった、誰もがそう思った時だ。雑音(ノイズ)のようなギターの音色が響いたのは。そして、続いて轟く雷鳴。

 気を失ったはずの綾が、ゆっくりと立ち上がり、秀たちから距離を取る。目は虚ろで、ただ全身から無造作に雷撃が迸る。

 「え……綾、どうしたの?」

 現状を理解できていない詩織が、震える声で誰に訊くともなく呟く。

 「く…………ッ!」

 秀は、その綾の姿を見て歯噛みする。同時に自らを責め立てる。

 「暴走……」

 エルカが、詩織と同じように分かっていない未奈に現状を説明する。

 「栗原綾は精神的負荷に耐えきれず、心壊し、暴走した」

 ヴィルガロン――エルカが、説明をしながら起電術音(スペル)を唱え、その手に大型自動拳銃を無感情に形成する。

 「暴走を止める方法はただ一つ。崩壊した心を再構成する。滝浦秀、そして高槻詩織、可能性があるのは現状二人だけ」

 「あぁ……わかってる。けど…………ッ!」

 秀は見てられず顔を俯ける。

 暴走を止めるのは容易なことではない。綾がかつてリオナの暴走を止められたのは、その時の綾がリオナにとって心を取り戻すほどの光に成り得たからだ。誰もが分の悪い、悪すぎる賭けだと思うだろう。だが綾には、それを実行する勇気や覚悟、成功させるだけの強さや優しさがある。後半の二つは自覚がないようだが。

 そしてもう一つ、リオナの時に成功した理由がある。それは、当時のリオナがまだ初級魔術しか扱えない新米の術師だったからだ。しかし今回は違う。暴走しているのは、その他ならない綾自身なのだ。そして綾は、護姫(プリンセス)第三格位(ドライ)。桐谷にこそボロボロにやられたが、あれは綾が対人戦闘に臆病だからだ。本来なら、超電磁砲(レールガン)一発で終わっていた戦闘なのだ、あれは。一方今の綾は、完全にリミッターが外れた状態にあると言っていい。被神を使い、荷電粒子砲を連発する、そういう状態だ。

 「あなたが言いたいことは分かります。しかし、攻撃なしでは止めるどころか、近づくことさえもできませんよ?」

 エルカは秀に、事実を問いかけてくる。だからこそエルカは武器を形成したのだ。

 秀も、頭では分かっている。綾は、性格のせいでアレだが、実際は秀よりも強い。そしてそのことを、秀自身認めている。なにせ綾は、音速を超える高威力の弾丸に、竜の上級魔術すら貫く大口径の荷電粒子砲、そして高機動を可能にするクロアゲハのような(色は深青だが)翅を持っているのだ。近づくどころか、気を抜けば一瞬で撃ち落とされるだろう。

 秀がこの上ない葛藤と闘っていると、

 「秀ができないって言うなら、私がやる」

 詩織がそんなことを言った。

 「無茶だ……」

 「そんなことは、私が一番分かってる。けど、綾が苦しんでるのに、何もしないんてできない」

 詩織は真剣な顔で、そして覚悟を決めた眼で、雷撃を四方八方に放つ綾を見据える。

 そんな詩織を見て、秀はふと笑みを浮かべる。

 「ははっ…………」

 「何が可笑しいの?」

 「いや、詩織がそこまで言ってんのに、俺が腹括らないでどうするんだってな。……いくぜ、ランデスタ」

 「らんですた?」

 詩織が首を傾げるが、秀はそれには答えず、翼や剣を形成していく。

 『遅ぇんだよ。騎士なら、ご乱心のお姫様(プリンセス)を見たらすぐ飛び出していくようじゃねぇと』

 「真面目な声で何言ってんだ」

 そう答えるときにはすでに、秀は綾へと飛翔していた。

 いくつもの音速で迫る雷弾を、冷気で瞬間凍結、剣の切っ先で進路上のそれを粉砕しながら進む。













 ――苦しい。

 いきなり宇宙に放り出されたみたいに、妙な浮遊感があって、だけどそこに酸素はない。

 周囲は暗闇。目を開けようが閉じてようがそれは変わらない。光などなく、温度もない。音などなく、むしろ静寂が唯一の音であるかのようだ。

 ――苦しい。

 何も感じない。感情が欠落したように、感覚がマヒしたみたいに。痛覚しかない。痛覚だけはある、だから何も感じない、というと齟齬があるか。

 思考がうまく回らない。脳が消失したかのように。そのくせ頭は重い。脳は鉛にでもなってしまったのだろうか。

 身体が頭以上に重い。動きが鈍い。まるで無数の鎖で縛られ、無数の杭が貫いてるかのように。見えないけれど、きっと血だらけなのだろう。

 ――くるしい。

 私はどうなるんだろうか。まぁ、死ぬのだろう。だけれど、恐怖を感じない。恐怖が何か思い出せない。

 私が死んだら周りはどうなるのだろう。まぁ、どうもならないだろう。時間の歯車は正常に回り続け、潤滑に流れていくのだろう。小さな小さなネジが一本外れたくらいでは、ガタつきすらもしない。

 ――クルシイ。

 何で苦しい?

 何に苦しんでいる?

 欠落して然るべきなのに、何で痛覚は残り、苦痛を感じている?



 ―――――ゃ



 聞こえないはずなのに、何かが聞こえた?音なんか伝わるはずがないのに。

 


 ―――――あゃ



 見えないはずなのに、闇に白いヒビが入るのが見える。向こうから光が漏れてくるみたいに。



 ―――――綾


 

 頬のあたりを何かが伝う。これは――涙?どうして?理解できないことばかり。なんで私は泣いてるの?なんで私はあんなに苦しかったの?疑問ばかりが鉛のような脳に沸き上がる。そのくせ答えは全然出てこない。



 ―――――綾!



 けど、一つだけ、たった一つだけ、分かる。いや、今わかった。気がするだけもしれない、だけど大丈夫だと何故か信じられる。

 私は、私も、縋っていいんだ。求めてもいいんだ、助けを。苦しいと泣いていいんだ。辛いと喚いてもいいんだ。そうしていいくらいの人が、近くにいたはずなのに。あいつもそうだったんだから、同じように私もしていいんだ。



 助けて…………



 助けて…………秀!












 聞こえた。綾の心の声が。崩壊したはずの心が、いや綾の本心が訴えてきた。なら、応えるだけだ。

 「う……ぉぉおおおッ!」

 荷電粒子砲を切り裂きながら、しかしその余波で皮膚が灼けようと、それでも秀は力を緩めず綾へと近づいていく。

 そして――

 「綾! 戻って来い、綾ッ!」

 帯電した綾を秀は、強く、強く、抱きしめた。

 「しゅ……う…………」

 涙をボロボロと流しながら、綾は小さく呟いた後、再び意識を失った。

 同時に雷鳴は止み、稲妻は虚空に消えた。

 綾の心は、綾に戻った。

どーも(-o-)/作者です。

まずは、読了お疲れ様です。


さて、途中から主人公が交代してしまった第二編ですが、次話から元にもどります(多分)。そしておそらく、次話あたりで第二編も終わるでしょう(多分)。


で。予告ですが、ま、それは次話でいいか。


では、作者はこの辺で(-.-)ノシ


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