#42 Summer Live in The Dark――⑥
綾が桐谷に対し極刑を敢行しているのと同時刻、騎士・第三格位たる滝浦秀は自宅にいた。いたって普通の二階建て住宅である。家族は秀を含め四人だが、今この家にいるのは秀一人だ。
何の変哲もない日曜日。騎士の仕事もなく、学校の課題も既に終わっているため、これといってやることがない。今秀がいるのは一階のリビングだが、これ以上ないくらいの穏やかな時間が流れていた。
「…………………ヒマだ」
綾には連絡がつかず、クラスの友達も皆用事があるとかで、遊べる人間は一人としていなかった。
綾が今日、レヴィーネなんとかの護衛任務に行っていることを、秀は知っている。術師管理局に問い合わせたり、綾のログを調べればすぐに分かることだ。行き過ぎればプライバシーの侵害だが、秀にとってそんなことを考えるのは二の次だった。優先すべきは綾の安全、それだけだ。
――護衛任務、か。
秀は、ソファに寝転がった姿勢のまま考える。
護衛任務は、護姫への依頼の中では比較的安全なものだ。実際に襲撃されることなど、それこそ一年の中でも数えるほどしかない。
にもかかわらず、秀は僅かだが不安を覚えていた。あまりにも漠然とした不安で、いまいち何に対して覚えているのか分からない。
――綾……なら大丈夫だろ。
綾は仮にも自分と同格の術師だ。いや、自分よりも全然強いし頭もいい。
大丈夫、大丈夫――いつの間にか自分にそう言い聞かせているのに秀は気付いた。そんな時だ――脳内にVT(Visual Telephone)の着信が響いたのは。
『秀さん……あの……』
視界内に映し出されたのは、妙に歯切れの悪い坂井祐太の顔だった。
「……何だ?」
『ひとつ、訊いてもいいですか?…………その……未奈のことなんですけど』
「…………!?」
『未奈が今どこにいるか分かりますか?……連絡がつかなくて……』
聞いているうちに、秀の不安は増していった。胸が、暗い何かに圧迫されていくのを感じる。息が苦しく感じる。しかし同時に、やることができた。
「……くぞ」
『え?』
「SN.1001、イニングに行くぞ!」
『あ……はい!』
秀はその答えを聞き終えないうちに、イニングへと転送した。綾の無事を祈りながら。
「な…………っ!?」
祐太とイニングで合流した後、サーバーの中央に建つドームを見て、秀は愕然とした。ドームのいたる所が崩壊し、爆ぜ、燃えていた。絶え間なく振動が伝わってきており、その度に爆発音が走る。
「行ってみましょう、秀さん」
「……ああ」
ドームへと近づくと、現況がはっきりと分かってきた。
「ネットワーク・ウイルス……」
祐太の言うとおり、ドームの周りには多数のネットワーク・ウイルスがいた。周りだけではない、恐らく中にも多くのウイルスがいるのだろう。
「数が多いな……祐太、外のやつは任せた。ドームのことはあまり気にしなくていいから、まとめて薙ぎ払え」
「了解。電子魔術、起動――グレイル・ジ・アディア・リオベルト」
祐太のそこからの行動は早かった。炎竜化すると、すぐさま瞬転を使いウイルス群の中心へと跳ぶ。そして、その巨躯を一回転して、強靭な竜尾でドームの一部もろともウイルスを外側へと吹き飛ばす。さらに、地をも揺るがす咆哮を放ち、ウイルスの目を全て自身のの方へと向けさせる。
秀はその隙に、電子魔術を起動しながら、ウイルスの間を一気に駆け抜ける。
そうしてドーム内への侵入を果たした秀は、通路を足を休めることなく走り、ラーゼリッタのナビを睨みながら、目的の場所へと半ば飛び出すように到達する。
「――――ッ!?」
目に入って来たのは、最早ただの瓦礫の山と化したドーム内部と、ネットワーク・ウイルス相手に奮闘する二人の少女と、秀と同時に別の扉から出てきた二人の少女。そして――
「…………綾ッ!」
服どころか身体までボロキレのようになった綾だった。