#40 Summer Live in The Dark――④
電子世界において、通り魔が狙撃を行うことは珍しいことではない。というのも、例えば《機鋼》の場合、"自動追尾機能を備えた弾丸を装填した射程距離の長い自動拳銃"を形成するだけで、銃の素人でも簡単に心臓を遠くから撃ち抜くことができるのだ。故に、この手の事件というのは別段珍しいものではなく、むしろ頻繁に起きている類のもので、騎士やその下部組織たる騎士直属のギルドなどは、常に頭を痛ませている問題でもある。だが逆に言えば、今自分がいるターミナルやサーバーで起きでもしない限り、普通の人間や関わりの薄い護姫が気にすることはない。死ぬことがないのだから、尚更だ。
だが、綾は今回起きた連続事件が妙に気になっていた。そして、それは夜になっても変わっていない。
現在時刻、午後十時。未奈や詩織たちは既に寝ている。あれだけはしゃぎまわっていたのだから当然と言えば当然だが、同時に子供じゃないんだから、と思わなくもない綾だ。
綾は今、部屋の一角にある高級ソファに座って、ラーゼリッタでネットニュース一覧を見ている。ちなみに、ベッドはすべて埋まっている。四人部屋に五人もいるのだから、こうなるのは当たり前だ。なぜこうなったのかというと、原因はリオナにある。ホテルの事前予約を済ませた後にリオナから連絡→お姉さまが行くなら~とかよくわからない理由でくっついてくることに→予約し直すのも面倒だからこのままでいいか……。
――あれ? 私にも原因が……まぁ、いいか。そんなことより。
綾は思考を元に戻す。ついでに、いつの間にか空に投げていた視線も戻す。
ネットニュースの一覧から、ヘッドラインのタブを選択、上から順に見ていき、通り魔事件の最新ニュースを開く。別ウィンドウで表示されたそのニュースには、こんな見出しがあった。
『ついに犯人判明! しかし、未だ所在掴めず』
綾は、その下に連なる文章を読んでいく。すこし読み進めると、犯人の名前が書かれていた。だが、その犯人についての記述はほとんどなく、捜査の進展が書かれているだけだった。
仕方がないので、綾は護姫専用サーバー"リベリオン"へと向かった。そうして、四つある転送装置の内のひとつに入る。着いたのは、四階――管理用術師個人データ閲覧室。
中央に屹立する仮想大型ハードディスクドライブのインターフェースにラーゼリッタをリンク、犯人の名前――桐谷敦を検索する。
そして、表示されたデータの経歴を見て――綾は愕然とした。
『二一四三年 ――――――にて、高槻夏帆(四歳)を殺害』
高槻夏帆――綾はその名を知っていた。名字から分かる通り、高槻夏帆は詩織の実の妹だ。
夏帆は、姉の詩織の目の前で殺された。桐谷敦という、通り魔によって。
その事件を客観的に見れば、被害者は夏帆一人ではない。犯人を抑えようとした男性が一人、警察へと連絡していた女性が一人、桐谷によって殺されている。
詩織が殺されなかったのは、夏帆が刺された時の衝撃で吹っ飛ばされて犯人の攻撃圏内から離れたのと、もうひとつ。皮肉にも、足がすくみ体が硬直して、動けなかったからに他ならない。何もできなかった、故に殺されずにすんだ。
それらのことを、綾は詩織から直接聞いていた。本人は、復讐なんて考えてないから大丈夫、と言っていたが、そんなはずはない。何より、自分自身を憎んでいるだろう。
だから、綾は詩織が術師になりたいと言ってきた時に、すでに察していた。魔術を、何に使うのかを。そして知っていた。魔術を使って、法に触ることなく人を殺せる場所で、憎みに憎んだ術師を殺した人間が、どうなるのかを。
だから、綾は一つの決意をしていた。夏帆を殺した人間と詩織を、絶対に対峙させないと。もし、目の前にそいつが現れた時は、詩織に絶縁されても憎まれてもいいから、自分がそいつを殺すと。
闇色の鎖を背負う覚悟は、とうの昔にできている。
綾は、リンクを切り、ホテルに戻った。
そして、ふと詩織の寝顔を見る。寝像は――良いとは少々言い難いが、普段とは少し違う可愛らしさがそこにはあった。
人は万能などでは決してなく、それは綾も同じだ。だから、自分が負債を抱えることでしか、敵となる人を自分が傷つけることでしか、親友のこの寝顔を守ることができない。
「……大丈夫」
綾は、そっと囁く。誰にも聞こえない、小さな小さな声で。
「暴走させたりなんか、しないから。リオナも、いるから」
たった一度だけだが、かつて暴走してしまった少女――リオナへと視線を向ける。
如何なる夢を見ているのか、そこには微笑が浮かんでいた。
♪
翌日、レヴィーネのサマーライブツアー、その最終公演が開幕した。
電子世界だからこそ可能なエフェクトを突き破り、レヴィーネが登場する。色とりどりに発光するガラスを複雑に組み合わせたようなステージにレヴィーネが降り立つと、会場は一気に沸いた。
レヴィーネの最初の衣装は、これまたガラスでできているかのような紅の豪奢なサマードレスだ。照明から注がれる光を四方に反射している。
そして、前振りも何もなく一曲目が始まる。ギターの、ベースの、ドラムの、その他電子的な音色が、大音量で鳴り響く。
登場してものの数秒で心が躍動し始める、そんな雰囲気が会場を満たす。
詩織などは、仕事中にも関わらず観客と化す。
そんな様子を見ながら綾は、昨夜抱いた予測も含めて、周囲を見回す。
戦闘狂にとってもテンションの上がる状況、かつて殺し損ねたやつを同時に殺せるこの場所に、桐谷敦が来るかもしれない。
今や、有名な指名手配犯だ。混乱は必須だろう。
そして、詩織は――。
開始して、二十分程経過した頃。
北口近辺に立っていた未奈の真下(観客用出入り口は二階にある)が、唐突に爆ぜた。
人が数十人吹っ飛び、歓声は悲鳴に変わる。
もうもうと上がる煙を破って現れたのは、桐谷敦だった。十数もの"リストR"に登録されている、強力なネットワークウイルスとともに。
綾の予測は、図らずも当たったというわけだ。
ども、作者です\(-o-)/
今回はだいぶアレな話になっちゃいましたが(殺すとか殺すとか殺すとか……)、まぁ、とにもかくにも。
やっと、十一年前の事件の概要を書くことができました。
Summer Live in The Darkの前のAutresの最初にあった、詩織のあの夢の話は、こういうことだったわけです。
作者自身は、目の前で大切な人が殺害されたりとかないので、その心境はあくまで推測ですが、やっぱり少なからず闇色に染まってしまうものなのでしょう。
いや、実際のところはわかりませんが。
さて、いよいよ戦闘が開始であります。詩織は、憎き敵を見てどういう行動にでるんでしょうねぇ。
では、作者=神崎はこの辺で(-o-)/