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雷蝶の奏曲  作者: 重鳴ひいろ
三章
45/76

#36 Autres

 ――11年前、冬。とても寒い日で、吐息はより濃い白く染まって静かに流れて霧散する。

 そこにあったのは、何気ない日常。

 隣には1歳下の妹、夏帆がいて、街並みの中をゆっくり歩いていく。

 日常――そこに常にあったそれは、一瞬で消失した。

 視界に映るのは血、血、血。傷ついて動かない夏帆、半狂乱に夏帆だけじゃ飽き足らず取り押さえようとした人まで切りつける通り魔。

 悲鳴が響いた――中途半端に途切れた。

 「かほ……かほっ……かほっ……!」

 可愛いピンクの手袋をした両手で、夏帆をゆさゆさと揺らす。反応は――返ってこなかった。

 血の色に染まっていく手袋、血を失い続ける夏帆。

 視界が、真っ赤に染まったようだった。

 自分の服を見た――返り血で真っ赤。夏帆を見た――胸部から激しく流血――全身血みどろに。

 「かほっ……!かほっ……!」

 両目からボロボロと涙が零れる。

 さっきまで笑顔でいた夏帆が、今は動いてもくれない。

 わからない。

 なんで、夏帆は動かないの?

 わからない。わからない……!

 何をすればいいの?何ができるの?何ができないの?

 何もできない……?何もわからない。

 わからないわからないわからないわからないわからない――わからない。

 なんで?なんでわからない?なにがわからないのかわからない?わからなくなってるじぶんがわからない。

 わからない――。



 「―――――っ…はっ……はっ……はっ……」

 詩織は、荒く息を吐きながら、勢いよく状態を起こした。

 脳が回転しない。

 ――夢?

 ――夢。どうしてあんな夢を……。

 詩織は、時計を見た。午前2時。

 ばふっ、と再び横になる。すっかり目が覚めてしまった。そのくせ相変わらず脳は回転不足気味。

 目を閉じる――今でもはっきりと思い出せる。あの時のことを。あの時の自分を。あの時の状況を。あの時の――無力感を。

 ヤツはまだ捕まっていない、ヤツは今ものうのうと生きている、だから私が処刑する。刑を下す。

 そう黒い炎を(たぎ)らせる一方で詩織は、自分でも気付かないうちに自らを抱いていた。何かに、怯えているかの様に。

 


 すべては隣接している。

 夢の隣に在るのは――現実。

 隣接は、結合の半歩手前。夢は時に、間を置くことなく現実となる――。












 時は、夏休み後半――8月の第三週火曜日。

 綾、詩織、未奈、エルカは<華焔>のターミナルにいた。

 「綾、一つ質問」

 「何?」

 「なんでリオナが?」

 詩織は、詩織から見て綾の右隣に座るリオナへと視線を向けながら、問いかけた。

 「私がここにいるのは、お姉さまがいるからです。他に理由なんてありません」

 リオナが、綾にぴたっとくっついたまま――しかも、ちょっと頬が赤い――そう答えた。

 「え~と……」

 実は、リオナと綾以外の<華焔>メンバーが、あの事件以降顔を合わせるのは初めてではない。ので、当然このリオナの"覚醒"のことは全員が知っていた。

 だが、知っているからといってそう簡単に慣れることなどできるはずもなく、詩織と未奈は揃って苦笑を浮かべるばかりである。

 ちなみに、綾は慣れたというより諦めた感じで、エルカは表情が変わることはなかった。

 「さて、今日みんなに集まってもらったのは、依頼が入ったからなんだけど」

 綾は、ラーゼリッタを操作して、ウィンドウを展開する。

 「今回の依頼は、知ってると思うけど、今電子世界で人気急上昇中のロックシンガー――レヴィーナ・フォルツェンテの護衛。日時は今週の日曜日で、この日は彼女のサマーライブツアー最終日となってるわ。それで、私たちはその2日前、つまり金曜日に現地入り。その後のことはあまり決まってないけど、宿泊の用意だけはしといて。以上」

 綾は、今回の依頼の説明を手早く終えると、時刻を確認する。

 「もうお昼か」

 「はい!お姉さま、リオナから一つ提案があります。この後、みんなでお昼ごはんを食べに行きませんか?」

 「私はいいけど――」

 綾がみんなに聞くと、賛成の声が占めた。

 というわけで、5人はログアウト、フローネ・ステーションの近くにあるレストランへと入った。

 「へぇ……初めて来たけど、内装も綺麗でいいところね」

 綾が、素直にそう感想を言うと、隣にくっついていたリオナが、褒められました!、と両手を挙げて喜んだ。

 そして、店員に案内されるまま、窓側のテーブルに着く。

 メニューが決まったところで、詩織が店員を呼ぶ。

 そうしてやってきたのは、

 「あれ、凪ちゃん?」

 「おうっと、意外や意外、未奈っちじゃないか~。それに、綾っちと詩織っちとエルカっち」

 未奈と仲のいい、GS1C学級委員長の伊井沢(いいざわ)(なぎ)だった。

 「ここでバイトしてたんだね」

 未奈がそう聞くと、

 「まあね。生活費に困ってるわけじゃないんだけどね~。家にいてもヒマなだけだしね~。そういう未奈っちは、今日はどうしたのさ?」

 「私もだいたい同じかな。ミーティングが終わって、みんなでお昼ご飯食べに行くことになって、リオナちゃんの案内でここに」

 「なるほど。この度は、当店をお選び頂き誠にありがとうごさいます。っとぉ、メニューはどれにするんだい、お嬢さん方」

 5人は、順番にメニューを言っていく。

 「承りました。しばし待たれよ、お嬢さん方。未奈っち、私の紹介は頼んだぜ」

 そう言い残して、今はバイト店員のお嬢様委員長、凪は立ち去って行った。

 「さてと、未奈」

 「うん。任されたからね。さっきの人は、私たちのクラスの委員長さんで、伊井沢凪ちゃん」

 未奈は、凪のことを紹介した。

 見れば、亜麻色の長い髪をサイドポニーテールにまとめた美少女委員長は、今は別の客の応対をしていた。

 「学級委員長なんですか……私のクラスの委員長とは大違いです」

 リオナが、そんな感想を漏らす。 

 そうして――。

 5人は、順に運ばれてきた料理を、美味しく食べた。

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