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雷蝶の奏曲  作者: 重鳴ひいろ
二章
38/76

#33 Autres

 リオナと会ったその日の夜、現在時刻22時。

 綾は、自室でラーゼリッタを用いて二つのプログラムの解析をしていた。

 専門の知識があるわけではないが、知識が皆無というわけでもないので、とりあえずこうして調べているのだ。

 それに、綾のラーゼリッタには、十分にハイスペックと言える解析アプリケーションが入っている。

 綾が今見ている二つのプログラムとは無論、フラグメントと未奈の中に埋め込まれていた特殊改変プログラムのことだ。

 アプリケーションを使い解析を進めた結果、それぞれがどういうものか分かった。裏を返せば、それしか判明しなかったのだが。

 「レグナス……これ……」

 『うむ……我も見るのは初めてだ』

 雷の如き重低音で、レグナスは答える。レグナスも見るのが初めてということは、フラグメントはともかくとして、やはりこの特殊改変プログラムは本来あり得ないものなのだろう。

 『彼奴が残したフラグメントは、まだ理解に苦しむことはない。……フラグメントの内容に関してだけを言えば、だが』

 「うん。このプログラムからは、なんでこんなプログラムを残したのか、その意図はやっぱり分からない。それに――」

 『うむ。このプログラムは完結(・・)している。"元は1つの楽譜(プログラム)が、5つのフラグメントに分かれた"、という考えは捨てるしかあるまい』

 「1つのファイルとして渡されたから、錯覚したってことか……。よく考えれば、5つのファイルを1つにまとめることなんて――」

 『彼奴には造作もないことだ。そして、それが飛散するよう仕込むのもな。それよりも、今考えなければならないのは、もう一方のプログラムだ』

 もう一方のプログラム――すなわち、特殊改変プログラム。その実態は、魔術基盤複合化プログラムだ。

 術師の持つ魔術基盤には二種類ある。1つは、大半の術師が持つ単一基盤だ。そしてもう1つが、複合基盤だ。

 綾は雷、秀は氷、リオナや詩織は炎といった風に、いわゆる属性を1つしか持たない術師にインストールされるのが単一基盤。

 その一方で、稀にだが二つの属性を併せ持つ場合があり、その時に適用されるのが複合基盤だ。

 この特殊改変プログラムは、未奈の基盤を、単一から複合へと文字通り特殊改変するプログラムだった。

 2つの属性――つまり、今は氷だけのものを、水と氷を併せ持つ《氷漠(アイスリウム)》へと。

 『このプログラムが起動し、あの娘の基盤が複合化すれば、その戦闘能力は今の数倍に膨れるだろう』

 レグナスの言う通りだ。味方にいる分にはかなり心強いが、何がきっかけになって敵対することになるかは分からない。もしそうなったら、綾は瞬殺されるだろう。

 水の属性たる《水漠(アクアリウム)》は、液状のものならばすべて操作できる。つまり、敵の血液も。そして、それに《氷剣》が加わったらどうなるか、想像に難くない。要は、血をすべて凍らされ粉砕させられる。一瞬で全身の血を失い、失血死を免れない。

 「このプログラムの作者は――shunji Kokonoe……未奈と名字が同じ……じゃあ、もしかしたら……!」

 『あの娘と繋がりがあるかもしれぬな。それに、もしそうなのであれば、あの娘にしか適合しない理由も見えてくるだろう』

 その真偽を調べるのは簡単だ。だが綾は、そのことを未奈の口から聞きたいと思った。そして、その言葉次第で、これを返すかどうか決めたかった。

 「月曜日……聞いてみる」

 綾は、ウィンドウをすべて閉じ、部屋の照明を落としベッドに潜って、眠りについた。













 日曜を経て月曜日、綾は学校に早めに来ていた。今いるのは、他の学校と比べるとあまりに快適で豪華な教室ではなく、高等部の屋上だ。

 屋上を抜ける風は爽やかで、心が洗われたように感じた。

 高等部の屋上は広く、中心には小さいが人口庭園がある。その人口庭園から一定の距離を置いて、清潔感のある白の塗装が施された、形も美しいベンチが等間隔に円形に配置されている。人口庭園の両脇は開けていて、軽くバトミントンができるくらいのスペースがある。

 綾は、その屋上にあるベンチの一つに腰をおろして、右側にカバンを置き、呼び出しに応じてくれた人物を待つ。

 その人物は、程なくして現れた。

 「綾ちゃん、おはよう」

 「うん、おはよ。ゴメンね、急に呼び出したりして」

 「ううん、大丈夫。それで、その……」

 「特殊改変プログラムのこと……なんだけど。あのさ、シュンジ・ココノエって名前に心当たりある?」

 その名を聞いた瞬間、未奈の表情は驚きのそれへと変じた。

 「……俊二は…行方不明になっているお兄ちゃんの名前。祐太に訊けば、違う話も聞けると思うけど……祐太とお兄ちゃん、仲良かったから」

 未奈は、その顔を完全に俯け、震える声でそう言った。

 「この前預かった特殊改変プログラムに、その名前があったのよ。それで、直接確認したくて……」

 屋上に沈黙が下りる。

 綾にとって、未奈の家族に関する話を聞くのは初めてだった。そして、その最初に話してくれた家族が、行方不明の兄。

 綾は奥歯を噛みしめた。後悔の念が押し寄せる。隣を見れば、尚更だった。

 未奈の顔は悲痛に染まり、その瞳は完全に揺らいでいる。

 行方不明ということは、生きているかどうかも分からない状態。そして、そんな時に見つかったプログラムには、その行方不明の兄の名前。これではまるで――。

 「…………………っ!」

 それを考えると、胸が苦しくなる。現実世界での非力さが身に浸みる。兄の所在を調べるのは、財力を用いれば簡単なことだ。だが、それは未奈だって同じで、もうずっと前からそうしているに違いない。それに、たとえ兄の安否が分かったとしても、恐らくそれだけだ。痛みを肩代わりすることはできないし、ましてやその兄の代わりになることなど到底不可能だ。

 「未奈……これは、未奈が持っていて。たぶん……いや絶対、必要な時が来るから」

 私は、未奈のラーゼリッタにプログラムを転送する。

 「………………これは?」

 「え?」

 「このプログラムは……なんだったの?」

 「魔術基盤複合化プログラム。未奈の魔術を《氷漠》に変えるもの」

 「そう……なんだ」

 「それと、そのプログラムには、別のファイルが埋め込まれているみたいなのよ。まだ、その抽出はしてないんだけど、そう難しいことじゃないからお願いするね。…………それじゃ、また後でね」

 綾は、そう言うと屋上を後にした。











 綾が去った後、未奈はプログラムの中に埋もれているというファイルの抽出をした。

 その作業は、1分とかからずに終わった。

 出てきたのは、映像ファイルだ。音声も付いているが、その割には軽かった。かなり圧縮されているらしい。

 未奈は、その映像を再生する。


 『久しぶり、未奈。これを見ている頃には、僕はもうこの世にすらいないだろう。……なんか言い方が普通すぎるな……まぁいいか。未奈にこれを残したのは、とある人から言われたからなんだ。あれはいつだったか……忘れたけどだいぶ前のことだ。僕は、レイト・テスペリアという人に会った。彼に会ったのはその時1度きりだ。その時彼は、予言めいたことを言った。"キミの妹が電子世界へと踏み込んだ時、キミはもう生きてはいないだろう。そしてキミの妹は、ある時を境に力を必要としてくる。そんな妹へ、キミなら何を残す?"ってね。だから僕は、このプログラムを残すことにした。少しでも未奈の力になれば幸いだ。……未奈、いろいろ心配をかけてすまない。本当にダメな兄ですまない。許してくれとは言わない。だからせめて、楽しく生きてくれ。そして、最後に1つ、伝言を頼まれている。そのレイトというやつからだ。"このファイルをキミのリーダーにも見せてやってくれ"……って、彼はどこまで予測していんだ?まぁ、いいか。……未奈……ありがとう。それじゃ』


 気付けば、未奈の瞳からはボロボロと涙が零れていた。言葉なんか、頭に入ってこなかった。

 数年ぶりに聞いた兄の声。まったく変わっていない兄の顔。それだけで、涙が次から次へと溢れた。

 そして同時に、これだけは理解していた。

 ――兄はもういない。

 嗚咽が漏れる。未奈は堪え切れなくなって、声をあげて泣いた。

 顔が汚れるのも、制服が濡れるのも構わずに。

 予鈴がなる、その時まで――。

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