#25 <華焔> vs ベルガッセ――⑨
綾や秀たちが戦っている戦場から、800メートルくらい離れた場所に建つ、ビルと思われる建物の7階の端。
ステイルからは死角になっているこの場所――こちら側からもステイルや綾の姿は見えない――にエルカはいた。
腰を低くし、片方の膝を剥き出しのコンクリートにつけ、バランスをとっている。
高所のため、完全に無風とはいかず、エルカの黒髪がさらさらと揺れる。
それを気にすることはなく、それどころか凍結しているのではないかというぐらい、エルカは完璧に静止していた。
そして、白銀の大型長距離狙撃用スナイパーライフルを構え、スコープを覗いたまま顔を動かさず、ぴたりと構えていた。
その照準は、無機物透過低反射スコープが捉えたステイルから決して離れない。
ちなみに無機物透過低反射スコープとは、建築物などに使われる無機物各種を透過、中の熱源だけを拾う超高性能かつ超高感度スコープ。光反射率をかなり抑えてあるため、敵に見つかりにくいのも特徴の一つ。
このスコープは、実際に現実世界において世界中で用いられているスコープで、スコープの中では現在最も需要の高い代物と言える。
もっとも、エルカが現在使用しているのは、現実世界から持ち込んだものではなく、エルカが魔術で形成したものだ。
そもそも、エルカが前線で戦わずにここでこうして待機しているのは、綾に指示されたからだった。
曰く、相手も不意打ちを狙ってくるかもしれないから、その時はこっちも不意打ちで返してやりましょ。
子供のような理由だが、術師戦において不意打ちは最も有効な手段だ。
というのも、上級術師ほどそうなのだが、基本的に魔術は当たらないか防がれるかのどちらかになる。
純粋にパワー比べをしようとする術師はほとんどいないし、そうなる状況ですらめったにない。
上級魔術を発現するには時間がかかり、下級魔術は威力の低さ故高確率で防がれる。
綾がやられたのも、不意を突かれたからだ。といっても、綾が本当に本気で戦っていたら結果は逆だっただろう。
あの不意打ちでさえ、避けられていたに違いない。
エルカが、待機を始めてからどれくらいたっただろうか、などとぼんやりと考えていた時だ。
これも、ある意味不意打ちと言える、スコープから覗く戦場に全方位雷撃が迸った。
直後、綾とステイルの周囲にある建物が総崩れし、射線が確保される。
エルカは、照準を微調整し、反動に備えながら、迷いなく引き金を引いた。
砲撃音を思わせる音ともに放たれた、22mmの魔弾は真っ直ぐにステイルへと向かっていき、その右肩を打ち抜いた。
ステイルは、その衝撃に耐えられず前のめりになる――どころか、盛大に吹っ飛び、3度4度とバウンドしながら転がる。
エルカは、その結果を確認すると、すぐさまスナイパーライフルを分解、
「ヴィルガロン」
大型自動拳銃を形成し、移動を開始した。
向かう先は、戦場。