#3 転校生と親友と新術師――②
そこは、EARTH/地球の中世と呼ばれていた時代の英国――今となっては、中世すら“古代”なのだが――のような、石造りの街だった。
「さてと。それじゃあ、目的地に向かう前に、この世界のことを少し教えるわね。もちろん、歩きながらだけど」
そして、今綾たちがいるのはその街の入り口、形だけの門の近くだった。
「まず、ここ『電子世界』を除いて、世界が4つあるのは知ってるわね?」
「いや、綾さん、小学生じゃないんだから」
その門から続く通り、巨大な橋となっているその道を三人は歩いていく。
「それもそうか。えーと、ここはその4つの世界、つまりRekalta・EARTH・Alca・NAVIAを繋いでいる巨大ネットワーク、インターネットの最深層にあるのよ」
その石橋の先には、中央広場がある。
「それで、その『電子世界』に入るには、アカウントかアカウントを持った人が必要なのよ」
中央広場でまず目につくのが、巨大な噴水だ。噴き上げる水には一切の濁りがなく、飲むことができる。
「そして、そのアカウントをとれば『電子世界』に入れるようになるのと同時に術師にもなれる。ここまではいい?」
「うん。というか、復習だよね、この範囲は」
「まあね」
その中央広場の向こう、北端にあるのが今回の目的地だ。
「アカウントを取得した時点でのライセンスは0。術師ではあるけど、魔術が使えない状態。本当に魔術が使いたかったら、1stを取得する必要があるのよ」
このサーバー――SN.0000、“中央サーバー”や“始街”と呼ばれている――は、上空から見るとちょうど十字の形をしている。
「1stを取得するのに必要なのは、ちょっとした手続きと基礎楽譜のインストールだけ」
街の東には、各種商店が軒を連ねている。ここで得た利益は、『現実世界』でも利用できる。そのため、『電子世界』ができたおかげで職種が増え、就職率が格段に伸びた。
「魔術はすべて、楽譜と音をもとにしているのよ」
街の西には、公共施設がいくつか並んでいる。
ここにくれば、情報や物品などたいていのものが揃う。故に、一番賑わうサーバーと言ってもいいだろう。
「その基礎をインストールして、同時にその人にとって最適な基盤プログラムを脳に認識させて魔術が使えるようにするの。だから、知ってるだろうけど、魔術が使えるのは『電子世界』だけ」
三人の歩みがそこで止まる。目の前には、石造りの巨大な建造物。
「そして、そのライセンス取得と手続きをするのが、ここ――電子魔術公館」
「それじゃあ、先に手続きを済ませてきちゃうから、二人はここで待ってて」
綾は二人にそう言うと、受付の方に向かって歩いて行く。
「ようこそいらっしゃいました。今回はどのようなご用件でしょうか?」
綾が、左から3番目の受付へと行くと、受付用完全自立型ヒューマノイドロボットであるクラリス――正式な型番を綾は知らない――が、丁寧な口調で応じる。
「アカウント及びライセンスの新規取得をしたいんだけど」
「では、こちらの以下の項目に入力をお願いします」
綾の手元にウィンドウが展開する。
綾はそれに、必要事項を手際よく入力していく。
そして、数分後には諸々の手続きを終えていた。
「承りました。では、3階の術師管理局に向かってください」
綾はそれを聞くと踵を返し、二人への元へと戻る。
「手続き終わり。じゃあ、3階に行きますか」
「3階?」
「えと、術師管理局があるんです。そこで、ライセンスの取得を行うんですよ」
「へぇ~」
三人は、内部まで石造りのくせになぜかある『電子世界』における最新型のエレベーターへと乗り込み、3階にある術師管理局に向かった。
術師管理局――そこは、ライセンスの取得や術師支援、違法術師・違法ギルドのリスト化、ネットワークウイルスのリスト化及び術師への情報提供などを行う、電子魔術公館の中でも一際大きな部署だ。
故に、術師なら必ず一度はお世話になるところでもある。
「こんにちは」
綾は、管理局の受付をしているユイナ・クランツベルグに声をかけた。
「ん?あぁ、今度は妹か」
すると、そんな返事が返ってきた。
綾はその返答から、すぐに状況を理解した。
「……てことは――」
「そう。私がいたってわけ」
突如、両肩に腕一本分の重みが加わる。ついでに勢いの分も。
案の定、綾が右を向くと、そこには綾の姉である栗原沙希がいた。
「それで、今日は何の用で来たんだ?可愛い女の子を連れて・・・って、詩織じゃないか」
「うん。久しぶり」
詩織は、綾の時と同じような口調で応える。
「今日は、その・・・・・ライセンスが取りたくて、それで綾と未奈に付き合ってもらってるの」
「なるほど。それで、そっちの娘、未奈ちゃん・・・だっけ?初めまして、私の名前は栗原沙希。綾の姉。よろしく」
沙希は、未奈のやや後ろに立つ未奈に自己紹介をする。
一方の未奈はというと、
「は、初め、まして・・・・・。九重未奈です。こちらこそ・・・・・よろしくお願いします」
ガチガチに緊張していた。
栗原沙希――言わずと知れた、護姫・第二格位。護姫・第三格位である綾の3つ上の姉にして、最強の《風槍》。通称、サイクロン。要は、綾と同じ有名人である。
「それで、姉さんこそなんでここにいるの?」
固まった未奈によって途絶しかかる会話を、綾が切り替える。
「私か?いや、特にたいした用事じゃない。それに、もう済んだしな。それにしても・・・私好みの、実に可愛い娘じゃないか。綾、姉さんは今とっても嬉しいぞ!」
文字通り、沙希の目の色――否、輝きが変わった、というより増した。ヤバい方向に。
「姉さん、私の友達をあんまりそういう目で見ないでほしいんだけど――って、聞いてる?」
完全にそっちモードになってしまった姉を見て、綾は文句を言うが、いつものことながら完全スルーだ。
「綾・・・・・もう、遅いって」
そんな綾の肩にぽんっ、と手を置きながら、詩織は諦めた者のそれと同じ視線を、沙希と未奈に送っていた。
「はぁ・・・・・。仕方ない、か。行こ」
二人は背を向け、目的の部屋へと向かった。
心中でエールを送りながら。
――がんばれっ!
受付から東にのびる廊下を進んでいくと、突き当りに目的の部屋がある。
左右に開く自動扉の上には、その部屋を示す電子プレートがあり、そこにはこう書かれていた。
魔術基盤構築室。
基礎楽譜と音、基盤プログラムなどを構築・インストールしているこの部屋に、綾と詩織は入っていく。
中を一言で表すなら、研究室。
いくつかの細かい部屋に分かれている魔術基盤構築室の最奥に、一際目を引く機械が設置されている。諸々のインストールを行うための装置だ。
「すいませーん」
綾は、近くにいた局員に声をかける。
「ん?あぁ、君かアオアゲハ。ということは、君がライセンス取得希望者だね?」
局員は、綾から詩織に視線を移しながら問いかける。
「あ、はい」
「うむ。私は、ここ魔術基盤構築室の室長を務めるリチャードだ。よろしく。それでは早速インストールを始めるとしよう。こちらに来てくれるかな」
「はい、お願いします」
「じゃあ、私は外で待ってるから」
綾は詩織にそう声をかけると、再び廊下に出る。そして、部屋の前にある長椅子に腰を下ろした。
一方詩織は、リチャードの説明を聞きながら、インストールを開始するための準備を進めていく。
装置の中央には椅子が据えられており、そこに座った詩織の両腕、両足は固定されていた。これは、万が一のための措置だ。基本的に、基礎楽譜等のインストールで後遺症や拒否反応などがあらわれることはない。だが、物事に完璧は存在しない。万が一そういった症状があらわれた場合を考え、こういう措置を取っているということだ。
装置の開いていた部分が完全に閉まり、詩織の視界に入るものは装置の内部のみとなった。
その後、装置は詩織の各部と接続する。といっても、体にケーブルを刺したりするわけではないので、痛みは皆無だ。
そして、すべての前準備が終了し、インストールが開始される。
詩織の脳内に、膨大な量の情報が流れ込む。
それは、頭痛を伴って認識されていく。
詩織の顔が歪む。
そのまま数分が過ぎたころ、すべてのインストールが終了した。
「お疲れ様。少しの間、頭痛がすると思うけど、すぐに回復するだろうから心配はいらない。コードの取得・登録は隣の部屋だが・・・・・まぁ、アオアゲハに任せるとしよう」
リチャードの言葉は、詩織にはほとんど聞こえてなかった。
とにもかくにも終わったらしいことが分かった詩織は、痛む頭を押さえながら部屋を出た。
「おつかれ。・・・と、ちょっといい?」
そう言った綾は、詩織のおでこに指先を当てた。
ばちっ。
冬場の静電気と変わらないくらいの、電流が走る音が一瞬響く。
「どう?」
「・・・・・・・・あれ?さっきまで頭ガンガンいってたのに。なにしたの?」
「ん、ちょっとね。混乱している脳に、少しは落ち着けって刺激を与えた、って感じかな」
実際のところは、表現として間違ってはいないものの、そんな簡単なものではない。
「ふ~ん・・・・・」
詩織はそう答えたものの、完全に理解はしていなかった。
「それじゃあ、次行くわよ」
「うん」
二人は、隣の部屋へと入っていく。