#24 <華焔> vs ベルガッセ――⑧
「綾!」
ステイルの攻撃に晒されている綾を横目に見た秀は、気づけば叫んでいた。
秀は、体の向きを変え、綾の方へと走り出す。
だが、目の前に割り込んできた少年の剣戟によって、足を止められる。
「戦闘の最中にどこに行こうってんだ、"黒剣"?」
秀は、剣を受け止めた黒剣に力を込めながら短く言い放つ。
「どけ!」
無論、少年――先ほど秀に、レク・ユンハと名乗った――が従うわけもなく、ただ剣と剣が擦れる金属音が鳴るだけだった。
秀は、焦りと同時に恐怖を感じていた。
目の前の敵にではない。
綾を失った時への恐怖だ。
綾は健在で、抵抗もしていて、自分が今すぐにでも助けに向かえばなんとかなる。
そんなことは分かっていた。
だが、一度想像してしまった仮定は、簡単に消し去ることはできず、繰り返し脳裏をよぎる。
吐き気を覚えた。
まだ間に合う。こんなことを考えてるヒマがあるなら、さっさとレクとかいうやつを斬り倒して、助けに向かえばいい。
弱気になっている場合じゃない。
こんなことは、今までだって何度もあった。綾がヤバい状況に陥ったのは今回が初めてじゃないし、俺にしても同じだ。
けれど、その都度互いに互いを助けて、もしくは他の誰かに助けてもらってこうして生きている。
今だってそうだ。俺が綾を助けて、ステイルを倒して、他のやつも助けて、それで終わりだ。
あぁ、そうだ。たったそれだけで終わる。難しいことなんか何もない。
「ふぅー・・・・・」
秀は、一度息を吐き、気持ちを整える。
大丈夫、そう言い聞かせる。
秀は、一度間合いを取り、黒き長剣に手を添え、起電術音とともにその手を走らせた。
「ヒエルタ・グラゼリア」
刀身が瞬間的に分解し、再構築される。
その速度から、まるでただ刀身が削られ、細身のそれになったように見えた。
だが、そこには確かに分解と再構築の過程がある。
そうして、新たに形作られたのは、片刃の細身の剣――否、刀。黒き大太刀だった。
そらに、その外側に鞘が形成される。
「剣を変えたって、結果は同じだ!」
レクが、幅広の大剣を斜め上段に構えて向かってきたが、秀はさっきよりも落ち着いていた。
「ソードアーツ、アリュンディエスト」
刀が極度の冷気を纏い、秀がいる辺りが凍りつく。
秀は、刀を左腰だめに構え、タイミングを計り、抜き放った。
居合いとよばれるその剣技は、秀の能力"流技"――魔術を用いて形成した武器等から、さらに魔術を放つ能力。《機鋼》の魔術によって形成される銃火器は、この能力とは異なるもの――と、その能力のために書いた楽譜"ソードアーツ"によって、さらに鋭さを増す。
キンッ――。
刹那に響いたその音の数瞬後、決着はついた。
秀の居合いは、レクを彼が持つ剣の刀身ごと、腹から肩にかけて深く斬り裂いた。
そして、傷口は完全に凍りつく――と同時に、プログラムの耐久限界値を超えたことで、レクは消失、アカウントを剥奪された。
システムは、人間以上に非常なため、言葉を残すことすら許さない。
秀は、再び綾の方へと体を向け、走り出そうとした時だった。
綾がいた辺りから周囲に雷撃が迸り、建物を何棟も崩壊させた。
そして数秒後、ステイルが吹っ飛んだ。
綾の全方位雷撃を軽く防いでいたステイルが、吹っ飛んだのだ。
その時の秀には、呆然とするしかなかった。