#2 転校生と親友と新術師――①
明くる朝、綾は昨日と同じ服に身を包み――制服なのだから当然なのだが――、私立アンジエスタ学園へと続く桜並木を歩いていた。
アカリの現住居は、アンジエスタ学園から程近い場所にあるため、綾は徒歩で通学している。
今は五月。桜色の花弁はすっかり散り、今は深緑の葉が僅か、風に揺れている。
綾と同じ、あるいは細部に違いが見られる学生が多く歩いているこの並木道の先に悠然と建つ、私立アンジエスタ学園。そこは、Rekalta/ヘルゼネル有数の、文字通りのマンモス級“お嬢様学校”だ。
まず、学校のレベルが一般の学校と異なる。エスカレータ式のこの学園は、学力レベルがかなり高い。それは、小中高大学まで変わることはなく、結果この学園の生徒は総じて天才と言える。さらに、学費が半端なく高いため――その分、施設が他の学校と比較にならないくらいにスゴイのだが――、富豪や金持ちと呼ばれる家の出身の人間しか入れないのである。
つまり、そこに通う綾もまたそういう人種であり、並々ならない学力と才能の持ち主でもあるということだ。
そして、お嬢様学校と呼ばれる理由がもう一つある。それは、男子生徒がいないことだ。アンジエスタ学園のパンフレットを見れば分かるのだが、この学園の扱いはあくまで“共学”である。故に、男子が入学できないわけではない。現在の学園の状況を知って、それでもなお入学しようとする勇気ある少年がいないだけの話だ。
そんな、私立アンジエスタ学園がここ、Rekalta/ヘルゼネル/フィレネス第三区0081にはある。
「あ、やっと来た」
教室に入った綾がまず聞いたのはそんな声だった。
「おはよぅ」
「うん、おはよ」
澄んだ紅蓮の瞳、背中の真ん中辺りまですとん、と落ちる同色の髪をした少女――綾の親友である高槻詩織と綾は短く挨拶を交わす。
「ねぇ、知ってる?転校生の噂」
「転校生?」
綾は、自分の机の上にカバンを置きながら、オウム返しのように聞き返した。
「そう、転校生」
「いや、知らないけど・・・・・」
――というか、私は今来たばっかりなんだけど。
綾は心中でそっと呟く。もちろん、誰にもその声は届かない。
「なんか、昨日突然決まったことらしいんだけど、このクラスに今日転校生がくるらしいよ」
今日?また、ずいぶん唐突な。
「それにしても、この時期に転校生って、ベタな展開だけど変なの」
綾は、机の中に教科書やノートをしまいながら感想を述べる。
「だから、やっぱりこれもベタなんだけど“謎の転校生”っていうウワサで、みんな騒いでるわけ」
ほんとにベタだな・・・と綾は思った。
それにしても、妙なのも事実だ。入学式が終わって一ヶ月ちょっとが過ぎようというこの時期に転校とは。しかも、決まったのは昨日というではないか。
そこでふと、綾は昨日出会った少女のことを思い出した。
――まさか・・・・・ね?
そんなはずはないと、綾はその考えを打ち消した。
カバンを机の横に提げ、席に座る。
直後、独特の鐘の音による予鈴が鳴り響いた。
SHR。
まず教室に入ってきたのは、ウェーブのかかった金髪を腰まで流した、綾たち1年C組の担任であるマリナ・レベリオーネ。独身。担当教科は数学。
「それじゃあ、ホームルームを始めるぞ。そこ、座れ。じゃあ、号令」
「起立。礼。着席」
学級委員長が号令をかける。
「えーとだな、まずは転校生を紹介する。入ってきていいぞ」
ガラッ。扉を開く音ともに姿を現したのは、
「九重未奈です。よろしくお願いします」
綾が昨日、電子世界で助けた少女だった。
未奈の姿を見たア綾がまず思ったのは、どうやったら一晩で転校手続きを終えられるんだろう、ということだった。
「席は・・・・・と。あそこだ。栗原綾のとなり」
マリナが、廊下から3列目、前から4つ目にある綾の席のとなりを指さす。
綾が左を見れば、確かにそこは空席だった。
未奈は、その席に静かに座った。
「それじゃあ、今日の予定だが、これといって連絡することはない。・・・・・と、欠席者はいないな?じゃあ、ホームルーム終了。号令」
委員長の声に従って、さっきと同じ動作をする。
「綾さん。これからよろしくお願いします。あと、昨日はありがとうございました」
座ると同時に、未奈が声をかけてきた。
「あ、うん。よろしく」
綾はそれに笑顔で答えながら、内心こう思った。
――あぁ、なんだろ・・・・・なんか、大変なことになりそうな予感が・・・・・。
始業のチャイムが鳴り響く。
時は過ぎ、昼休み。
綾は、椅子を反転させ後ろの席、すなわち詩織の席で昼食を食べていた。ちなみに、詩織の机の横、綾から見て右側には未奈が座って同じように昼食を食べている。
「さてと。綾にひとつ相談があるんだけど」
サンドイッチを頬張る綾に、詩織が笑みを浮かべながら話を切り出す。
「相談?」
「そう、相談。ちょっとした理由から、術師になりたいと思うんだけど・・・・・」
「術師に?だったらアカウントをとればいいだけじゃ・・・・・」
「そうなんだけど・・・・・ライセンスとコードも一緒にとりたいと思って」
それを聞いて、あぁなるほど、と綾は納得した。
「つまり、付き合ってくれないか、と?」
「そゆこと」
んー、と綾はしばし考える。
そして、
「わかったわ。じゃあ、放課後案内するから」
「うん、お願い」
「あ、あのっ・・・・・」
話は終わった、と二人が思ったその時、未奈が声をかけてきた。
「私も、一緒に行っていいですか?」
「ん?いや、いいけど」
その返事を聞いた未奈の表情が、ぱっと明るみを増す。
「ありがとうございます」
お礼を言われた綾は、不慣れ故に少々焦った。
「え、いや、別にお礼言われるようなことじゃ・・・。このくらい、普通でしょ?」
逆に聞き返すと、未奈に少し陰が落ちた。
「え?あれ?なんか変なこと言った?」
「いや、大丈夫だと思うけど・・・・・・そ、それより綾、はやく食べないと昼休み終わっちゃうよ?」
「う、うん」
綾は、未奈の表情に不安を抱きながらも、残りのサンドイッチを口にいれた。
午後の授業も滞りなく終わり、時は放課後。
校舎の内外問わず、部活が始まるだろうかという頃、綾と詩織、未奈の三人は屋上にいた。
校舎がデカイせいでやたら広い屋上だが、今は綾たちの他に生徒の影はない。
綾は、その屋上の中央付近まで移動すると、詩織に声をかける。
「それじゃ、いくよ?」
「うん」
「VCC、ゲスト――高槻詩織。座標指定、登録SN(Server Number).001――ログイン」
『電子世界』のアカウントを持たない詩織をゲストに設定し、綾はログインをする。
それに、未奈も続く。
三人を、光が包み込む。
数秒と経たずして、三人はその場から姿を消した。