番外編/新入生歓迎会――④
「せ、先輩。ホントにこれ着なきゃいけないんですか?」
「まぁ、ルールだし」
私が運悪く引き当てたのは――大胆に開いた背中、ふわりと軽い斜めにカットされたロングスカート(左側がかなり際どい)、ダイヤモンドなどがの宝石が散りばめられたティアラ、ルビーのペンダント、強化ガラス製の靴、etc。
つまりは、純白のプリンセスドレスセット。
用意された衣装の中でも、特に豪華で高価なものだった。
私は、裏に控えていた衣裳係によって完全に無理やり着替えさせられ、ステージへと押し出されるように登場した。
キャーーーーッ!!という、おいここはライブ会場か?という疑問を抱いてしまうような歓声があがる。
後で詩織に聞いた話だと、"ホントにプリンセスみたいで綺麗だったよ。髪を解いていたのがさらによかった。それにしても、あれでメイクを一切していないって……殴っていい?"だそうだ。
髪は最初からまとめていなかったし、実際私は護姫なんだけど……というか、護姫なの詩織は知っているでしょ――とは、内心のみで。
ステージへと出た後、音響係から、これまた高級感漂う高感度無線マイクを手渡される。
「はぁ…………」
私は仕方なく諦め、歌えそうな曲を脳内検索して探す。
そうして、曲が決まったので音響係へと伝える。
数秒後、曲のイントロが流れる。
大人気5人組ガールズバンド"CHRONiCLE"の数少ないバラード曲、『Never Say Last』――私が今、一番気に入っている曲だ。
私は、この曲をネットでの先行配信で聴いた瞬間、まわりにあったすべての雑音が消えたように感じた。
その時聴いたのは、サビの一部分だけだったのに、一気に引き込まれてしまった。
音が心に浸み渡ってきて、歌詞が胸を打った。
そして、何度か聴いているうちに分かった。
曲がいいだけじゃないんだということが。
ヴォーカルの声が、ギターやベースの音色が、ドラムのリズムが、上手く調和して――彼女たちだけのメロディがこの曲を奏でているから、こんなにも引き込まれる。
だから私は、この曲を選んだ。
今、目の前にいる生徒全員に届くかは分からないけれど、それでも極力届くように心掛けて歌った。
♪
歌い終わった後、会場内に静寂が満ちる。
だけど、それはすぐに拍手の渦へと変わった。
「綾」
先輩が、私を呼ぶ。
「次の人を指名して」
「あ……そうですね………じゃあ――」
♪
私は、ステージから下がると、詩織のところへはいかず、外へと出た。
この新入生歓迎会は、授業が終わったあとにあえて開始したため、空はすでに夕日によって赤く染まっていた。
清涼感を持った風が、講堂前を吹き抜ける。
衣装は必ず持ち帰ることになっているらしく、そのため私はプリンセスドレスを着たままだ。右手には、もともと着ていた黒のパーティードレス。
私は、講堂前にある、今時珍しいウッドチェアの一つに座った。
「どうしたの?こんなところにいて」
後ろから、声をかけられたので振り向くと、そこにはチャイナ服を着た先輩がいた。
「先輩こそ、いいんですか?こんなところにいて」
「私はいいの。任せてきちゃったから」
「それって、よくないんじゃ――」
「いいの。それより綾は?」
「私は、歌って少し暑いから、涼みに来ただけです」
そう、と先輩は言って、それきり喋ることはなかった。
講堂の中とは別空間にいるかのように、ゆったりと時間が流れているように感じる。中の歓声も、ここまでは届かない。
ほどよい風が、講堂前を凪いでいく。
「ねぇ、綾」
不意に先輩が口を開いた。
「はい?」
「生徒会に入る気は……やっぱりないの?」
「何度も言ってるじゃないですか。中等部の頃から。私には――」
「生徒会は務めきれない……か」
「はい」
私は、生徒会の仕事手伝うことが結構ある。
だから、生徒会がいかに大変なのか、そしてどれだけの責任を背負っているのかを知っている。
だから、先輩に限らず生徒会のみんなはすごいと思う。
私なんかよりも、ずっとずっと、すごいと思う。
「あ、綾、こんなところにいたんだ――と、生徒会長」
「それじゃ、私はここで。まかせっきりは、やっぱりよくないし」
先輩はそう言って、講堂へと戻っていった。
「何話してたの?」
「何も」
「ふーん。……風、気持ちいいね」
「うん」
「綾。歌、上手かったよ」
「――ありがと」
新入生歓迎会――立食パーティーはほどなくして幕を下ろした。
パーティーというにはいささか語弊のある、どこでもやっていそうなカラオケ大会。
最高の気分で、終わることができた。
『Never Say Last』――決して最後とは言わない。
先輩とのパーティーは、これが最後じゃない。
私たちはお嬢様で、それ以前に女子高生だから、どこでだっていつだってパーティーという名のバカ騒ぎを開催できる。