番外編/新入生歓迎会――①
「あの・・・・・先輩。ひとつ聞いてもいいですか?」
「手短にね」
「なんで1年の私が、生徒会室に呼び出され、新入生歓迎会の手伝いをさせられなくちゃならないんですか?」
私――栗原綾がそう聞くと、先輩であり現在の生徒会長である城峰紗弥佳は手を止め、私の方へと顔を向ける。
「人手が足りないからに決まってるじゃない」
きらん、とした、あるいはほわん、としたエフェクトを容易に重ねられるような笑顔で先輩は言った。
「いや、そうじゃなくてですね・・・・・もういいです」
私は、理由を聞き出すのを諦めた。
そもそものことの発端は、10分ほど前に遡る。
♪
今は4月の中頃。
入学式やら何やらが終わり、全校生徒がひとまず落ち着く、そんな時期。
高等部に限ったことではないが、この時期に新入生歓迎会と呼ばれるイベントがある。
やることは、いくらお嬢様学校とはいえ他校と差異はなく、あえて挙げるならば、パーティという形をとることぐらいだろうか。
この新歓は、初等部を除き基本的に生徒が計画から準備まで、要はすべてを取り仕切る。
正確には、中等部と高等部は生徒会が、大学は実行委員会が、計画やら準備やらを行い、教員が口や手を出すことは一切ない。
というよりは、教員が口出し手出しをするイベントなど、入学式と卒業式くらいだろう。
とにかくそんなわけで、この時期一般生徒は落ち着く一方で、生徒会はかなり忙しくなるというわけだ。
さて、話は変わって。
ここ、私立アンジエスタ学園は、基本的にはエスカレーター式の学校だ。
だが、大学はもちろんのこと、中等部や高等部にもあとから入学してくる生徒はけっこう多い。
そのため、進級した生徒も含め、1年は新入生として扱われる。
何が言いたいのかというと、私も1年であり、新入生でもある、ということだ。
そして、特に問題を起こした覚えはないし、逆に生徒会への勧誘ならば、ほんの少しだけ時期が早い。
だから、この状況は明らかにおかしい。
私が今いるのは教室で、現在時刻は16時15分――最後の授業が終わってからもうだいぶ経つ、放課後だ。
私は、さっきまで親友の高槻詩織と、他人にとってはどうでもいい楽しい会話をしていた。
しかし今私の視界にいるのは、詩織ではなく生徒会長その人だった。同時に、なぜか接点がある先輩だった。
「ちょっと生徒会室まで来てほしいんだけど?」
「え・・・・・?」
というか、疑問形なのになんで手を握っているんでしょう、この先輩は。しかも、かなり強く。
「いいかな?」
「拒否権は・・・・・なさそうですね。詩織、ゴメン。そんなわけだから」
「う、うん」
「それじゃあ行こうか」
そうして、私は連行されるように、先輩と生徒会室へと向かった。
それにしても、と私は先輩の後ろ姿を眺めながら思う。
相変わらず綺麗な人だ。
なにをすればそんなふうになるんだ、と本気で聞きたくなるようなさらさらの長い黒髪。腰のあたりまで流れるそれは、先輩の歩みに合わせて左右に揺れている。
顔立ちは言うまでもなく、整いすぎるくらいに整っていて、芸術家にでも頼んで作ってもらったんですか?、というふざけた疑問を思わず抱くほどだ。
肌は白く透き通っていて、声は凛としていて。
瞳はしっとりと濡れていて、同姓であるにも関わらず、初めて会った時はドキッとしてしまった。
そんな人だから、当然人気は高い。ファンクラブなるものも存在するらしい。だけど、誰もキャアキャア騒いだりはしない。そうさせない雰囲気が、この人にはあるからだ。
一応言っておくけど、私にそういう趣味はないから。誤解だけはしないで。
私の場合は、好きというより、尊敬の念の方が強い。
尊敬する人は他にもいるけれど、この人もその中の一人。そして今、先輩は3年生だから、あと半年で生徒会長の任を終えることになる。
その時は、最高の笑顔で言ってあげよう。
お疲れ様、と――。
♪
そんなわけで、私は今こうして生徒会室で、先輩のとなりで書類整理をしている。
私立アンジエスタ学園高等部の生徒会室は、私の幼馴染曰く、
「俺じゃ耐えられないな」
だそうだ。
まぁ、他の一般的な学校と比べれば、生徒会室に限らず、この学校はいたるところに金をかけている。豪華さとハイテクさに五分五分くらいで。
ひとつひとつ説明していると、どれくらいかかるか見当もつかないのでここでは省くけど、とにもかくにもこの学校はそういう所だ。
だからこそ、新入生歓迎会でこんなことをやるのだろうし、自由すぎる校風というのもあって、申請事に関して金銭面で拒否されることはまずない。
・・・・・・校長と理事長が揃ってイベント好きだというのもあるのかもしれないが。ちなみにこれは、この学園では割と有名な話だ。
「それにしても先輩」
「なに?」
「静かですね」
「私と綾の二人だけだからね。今なら誰にも見つからずに、ほんのちょっと年齢制限が生じるようなこともできるけど?」
何を口走っているのか、この先輩は。ホント、すごい先輩なんだけど、こういうセリフを聞くとただの変態にしか――。
「言っておくけど、私は別に変態とかじゃないからね」
心を読まないでほしいけれど、今更言っても仕方のないことだ。それより、変態じゃないなら何なんだ。
「私は、百合なだけだから」
「それってなにが違うんですか・・・・・・」
私は不覚にも、そんなことを呟いてしまった。しかし、もう後の祭り。
「知りたいの?じゃあ、綾には特別に教えてあげる。百合のすばらしさを」
先輩は妙に色っぽい濡れたような声音で、声量を押さえて、しかも耳元でそう囁く。
そう、すべてはほんの冗談。先輩がそうでないことはよく知っているはず――なのに。なんであんなことを言ってしまったのか。
そして、性質の悪いことに、そうじゃないくせにそれと同等、あるいはそれ以上に知識を持っていて、何より言葉に感情を乗せるのが非常に上手い。
さらに言えば、知識を持っているということは、やろうと思えばいつでもできるわけで。
もっと言えば、なぜか先輩は私に対してだけいろんな意味で躊躇いがない。
だから、もうこうなってしまった以上、私に残された選択肢は一つしかないわけで。要は、諦めるしかない、そういうわけだ。