#11 Unknown――②
自宅に戻った綾だが、今更眠れるわけもなかった。
部屋どころか家全体を、重い静寂が包む。
「レグナス・・・・・・どう、思う?」
綾は、自室にあるベッドに座り、カーテンの隙間からのぞく月を見ながら、虚空に向かって問う。
『あの黒髪の娘のことか?』
と、どこからか声が返ってきた。雷のような、腹の底に響く重低の声。
「うん」
『・・・・・いかに確実性のあるデータといえど、真実と、必ずしも一致するとは限らない』
それは、綾の内側から響く声。綾にのみ聞こえる声だ。
被神――そういう能力がある。これは、他の兵装や同化といった能力に比べ、かなり特殊なものだ。
被神――それは、その身に神龍を宿し、器となることで、神龍の力を借りるというものだ。
神龍は、電子世界にのみ存在する、構造だけを言えばネットワークウイルスと相違ない存在だ。
すなわち、0と1で構成されたデータ、人の手で造られた高度なプログラムでしかない。
だが、あくまでそれは構造だけの話で、他の部分で大きく異なる。
まず、神龍は単独では何の行動もできない。データを破壊することも、逆にネットワークウイルス等を破壊することも。
なぜなら、神龍とはいわばアプリケーションのようなものだからだ。つまり、インストールをしなければ使用できない、ということだ。
そして、そのインストール先が、すなわち被神という能力=器を持った術師というわけだ。
能力は、個人が付与・構築することができない。
能力は、高度の暗号化プログラムであり、ソース(プログラムを構成しているテキスト)を見ることもできなければ、その開発技術等が開示されているわけでもない。
要するに、能力とは電子世界におけるランダム要素の一つだということだ。
結局なにが言いたいかというと、能力の一つである被神を運よく備えた術師だけが、神龍の強大な力を使えるということだ。
そして、被神には、決定的に他の能力と異なることがある。
"コンタクト"とよばれるシステムがそれだ。
これは、電子世界にログインしていなくても使える、唯一の魔術的要素だ。
他の魔術・能力は、決して現実世界では使えない。
例えば、《炎獄》が現実世界で炎を出したり、兵装という能力を持つものが現実世界で|現実世界にはない武器・兵器を身につけることはできない、ということだ。
だが、被神だけは、その法則から微妙に外れる。
それがコンタクトであり、このシステムは道さえ繋がっていれば現実世界でも使うことができる。
そもそも、ログインとは電子世界に入ることであって、電子世界――すなわち、インターネットと接続することではない。
今の時代、ネットには常に接続しているのが基本だからだ。
それは無論綾も同じで、管理側から切られない限り、接続を切ることはしない。そして故に、こうしてコンタクトを使用できているのだ。
「つまり、あのデータが正しいとは限らない?」
『それもそうだが、我が言っているのは娘の方だ』
「どういうこと?」
『本当にあの娘の過去や素性は"わからなかった"ものなのか、ということだ。つまり、データが作成される以前に、娘の記憶や素性などを示す証拠を人の手によって消された可能性もあるということだ』
「・・・・・・ッ!?」
『もっとも、これはあくまで可能性の話で、推測の域を出ない。娘の問題をどうにかしたいならば、情報を地道に集めるしかないだろう』
「・・・・・・いずれにしろ、すぐには解決しない問題、か」
レグナス――雷の三大神龍の一角の声は、もう返ってこなかった。
これ以上は、現時点ではどうしようもなく、エルカに関して今はもう話すことはないということだろう。
綾は、ばふっ、とベッドに倒れこんだ。
時計を横眼で見ると、午前2時。
疲れがどっと押し寄せてきた。
あれだけ眠れないと思っていたのに、結局は疲労には勝てないらしい。
中へと潜ったとたん、瞼がすとん、と落ちてきた。