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ハラス・メメント 〜嫌がらせ記念日〜  作者: 三軒長屋 与太郎


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20/27

噓つきは婚姻の始まり ~メモリー・ハラスメント~ その4


【固定】

始めまして、三軒長屋サンゲンナガヤ 与太郎ヨタロウです。

ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。


 しばらくして、南が出てきた。

ドアの隙間から「あまり遅くなるなよ」と、先ほどまでとは違う声色の言葉だけを響かせ、南の父親がもう一度姿を見せることはなかった。

おどおどと俯く南。

「久しぶりだな」

「そうですね……」

今までの関係がゼロに戻ったかのような余所余所しさ。それが、この家に起因しているのか、急に訪れた私に対してなのかは、分からなかった。


「少し歩こうか」

私はそう言って南を夕暮れの散歩に連れ出した。できれば彼女の方から色々と話して欲しかったのだが、そんなわけにもいかず、特段の会話もないまま、気づけば笹馳川に来ていた。

先日南と話した秘密基地近く。しかし、二年ほど前に舗装され、今や跡形もない。無機質に並べられたコンクリートブロックが、二人の思い出ごと塗りつぶし、私たちの気まずさを助長する。


私が堤防に腰を下ろすと、南もそれに倣って座る。

「どうして来てくれたの?」

急に飛ばされた南の質問に対して、私は答えを持ち合わせていなかった。故に、質問を上塗りする。

「どうして学校に来なくなったんだ?」

南はこれに沈黙を返す。夕暮れの笹馳川に、二つの質問が、答えを得られず彷徨う。


 不意に、南が昔の話を始める。

「この川も変わっちゃったね。私は秘密基地があった頃の、藪だらけの川が好きだった。堤防の舗装工事が始まった時、英明くんとの思い出が消されていくみたいで悲しかったな。私を秘密基地に連れて行ってくれた日、英明くんが言ってくれたこと……今でも覚えてる」


南が何故そんな話をし始めたのかも分からなかったし、当然、自分が言った言葉など覚えてはいなかった。

「(俺は将来、南と結婚するんだ)って、皆の前で急に……凄く恥ずかしかったし、勿論、小学3年生の言葉だって理解してる。でも、私の中ではとても大切な記憶なの。私も、誰かに必要とされる時があるんだって励ましてくれる思い出……」

記憶の中を眺めるように、ぼんやりと空を見上げる南。何故、当時の自分がそんなことを言ったのか……やはり記憶にもない。ただ分かっていることは、小学3年生の私が南に放った台詞は、間違いなく嘘だ。それは自分が一番わかる。皆の驚く顔が見たくて揶揄っただけだ。


 そして、この嘘は、私にとっての利用価値が高かった。

「俺も覚えているし、その気持ちは今も変わらないよ」

殺風景な堤防に、生暖かい緊張感が漂う。南の身体がビクつくのを横目で感じたし、困惑して目を泳がせる表情も容易に想像できた。


これは嘘であり、本意でもあった。

事実、私は彼女を手に入れたいと思っていたし、あの細やかな放課後も取り戻したかった。結婚などという言葉の重さを、中学3年生が理解できるはずもないし、言い換えれば、それは相手にも重さを感じさせないのではないかと。

私が欲しかったのは口実。彼女が学校に来る……放課後を取り戻す……南を自分のそばに置き続けるための口実だ。


堤防に無造作に置かれた南の右手に、自分の左手を重ねる。いびつな形が、ひとつの丸になる。耳まで赤くなる身体を、互いに夕焼けのせいにする。

私はこの時……今ならどんな歌手よりも“上手な歌詞”を書ける気がした。

誰よりも上手な嘘をつける気が……。


 次の日から、南は学校に戻ってきた。

これは大人になってから聞いた話だが、当時の彼女は、特定の女子グループから陰湿ないじめにあっていたらしい。しかし、放課後以外にも、私が南に話しかけることによって、不登校から復帰したのは私の影響であることは周知の事実となり、結果としてこれが彼女を守った。

担任の小宮は大いに喜び、私の内心点は上がる必要のない所まで上がった。


ひとつ、当時の恋人はこれを良く思わなかったが、私の裁量の範疇であったし、正直どうでもよかった。どうせ中学生活の中だけのおままごと位にしか思っていなかったし、高校で離れ離れになれば終わる関係と分かり切っていた。


私が話しかけるようになったからか、不登校からの復帰という物語が目立ったのか、皆が南の美しさに気がついた。

しかし、今更手を伸ばしたとて無駄なことだ。南は私しか見ていないし、私しか頼れない。彼女に触れられるのは私だけだ。

例え嘘で塗り固めた虚像でも、バレさえしなければ実像も同じ。これは欲しいものを手に入れる為の努力であり、罪悪感などあろうはずもなかった。


当然ながら、恋人とは別れることとなったが、なんら喪失感は無かった。

確かに綺麗な女の子ではあったが、所詮は絵の具で塗り固められた造花の薔薇に過ぎない。天然のユリを手に入れた私にとっては、ケバケバしいだけで何の香りも感じられない。所詮、ただの飾りに過ぎなかったのだ……と。


 それ以降の学校生活は、一段と輝きを増した。

あっという間に冬を超え、私はスポーツ推薦で男女別学の高等学校に進み、南も女子高へと進学した。

高校に入って携帯電話を手に入れた南は、私に沢山の事を話してくれるようになった。高校で出来た新たな友達の話、美術部に入って絵を描き始めた話、そして、高校卒業後の話。


 ――高校3年生の春、私たちはまた笹馳川の堤防に座っていた。

あの時よりぴったりと、互いの影を重ねて。

「俺は高校を出たら、東京の大学に行こうと思ってる。南も一緒に来ないか?」

「勿論! 私一人だったら絶対にそんな決断出来ないし、今の私が在るのは英明くんのお蔭。だから、英明くんが向かう場所なら何処へだって……それに、あの日の放課後に言ってくれた言葉……それが私の今の原動力だから」


(高校を卒業したら、あの家からも連れ出してやるさ)

私は、南が思い浮かべているであろう自分の言った言葉を、頭の中で復唱した。

しかし、彼女の中にある言葉は違っていた。

「あの日、英明くんが言ってくれた(最近綺麗になったお前から、目が離せない)って言葉。とてもキザで、なんだか英明くんらしくないけど、力強くて、グッと引き寄せられる言葉」


 私は当惑した。

またしても現れた記憶にない言葉。それも、今までとは違い、ごく近しい記憶。

言葉自体は本意だと思うが、なぜ自分がそれを口に出したのか理由が思いつかない。南の言う通り、全く自分らしくない言葉。

思えばこの時から、私の記憶の歯車は狂い始めた。私の中には存在しない……南の中にのみ存在する私の言葉。

そもそもに、私は本当にそんな言葉を言ったのか?

南の記憶の捏造ではないのか?

思考を巡らせても答えは見つからず、私は照れるフリをしてその場を誤魔化した。


【固定】

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