噓つきは婚姻の始まり ~メモリー・ハラスメント~ その3
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
――私の予想に反して、夏休みは楽しく過ぎ去った。
携帯電話を持たない南と連絡を取る手段はなく、私の中で1日、また1日と、彼女の輪郭は薄れていった。その代わりに、毎日連絡を取り続けていた恋人との仲はより深まり、早々に進路が決まっていた私は、テニス部のOBとして部活動にも参加し続けていた為、中々に忙しかったのもある。
恋人との些細な喧嘩や、日常の中の小さな不満……その度に、南の顔が頭を過りはしたが、夜中のベッドの上ではどうしようもなかったし、二学期が始まればまた、あの細やかな放課後の時間も再開されると思っていた。
新学期が始まると共に、南は学校に来なくなった。この時私を襲ったのは、虚しさや喪失感ではなく、憤りであった。
夏休み中に南の家に足を運ばなかった自分……違う。
私が用意してあげた、学校生活の中の煌めき……また、私が私自身の為に創り上げた“秘密の放課後”という宝物。
南はそれを奪い去ったのだ。彼女は私を裏切ったのだ……と。
事実、“秘密の放課後”を失った私の学校生活は、酷く退屈なものとなった。周りの人間すべてが薄っぺらく感じた。私が“A”と言えば“B”と返す。“B”と返すのが分かっているから、私はあらかじめ“C”を用意して待つ。そこには本当も嘘もない。“無”だ。
形の決まった積み木を重ねていくだけの単調な日々。その積み重ねの中で、私は南との会話を欲した。パーツの不足した積み木のような、不完全さを求めた。
10月も折り返し、秋の夕日が束の間の輝きを纏う時刻、私は南の家の前に立っていた。
実に小学生以来の訪問。インターホンの前で固まる私。
そこへ、南の父親が帰ってきた。
「おや、もしかして英明君かい?」
急に話しかけられてビクつく私に、無条件で投げかけられる笑顔。
私は、この男が苦手だった。南の母親にしてもそうだ。この人たちの瞳に、私が映ることはない。ただベトベトと、笑顔を擦りつけてくる。小学生の時点で判ってはいたが、それはこの時も変わっていなかった。
「どうも、お久しぶりです。担任の小宮先生にプリントを届けるようにと言付けを預かりまして……」
勿論、嘘です。(俺が様子見てきますよ)と、私から小宮先生にお願いしました。新卒で気の弱い小宮先生は、それは喜んでいました。
私はショルダーバッグの中から、徐にプリントを抜き出す。南の父親は「ありがとう」と眉を動かして見せる。
「あの……少し南と話せませんか? 俺も、やっぱり……心配で」
私の言葉を聞いた南の父親の目は、今でも思い出すことが出来る気がする。着飾っていた表情をかなぐり捨て、むき出しになった瞳に映し出される感情。
娘のことを想ってくれる目の前の青年に感謝をする目。良からぬ男から娘を守るという強い意志の込められた目。はたまた、自身に降りかかる危機に怯える目。
どれも違う。
そこに在ったのは、ただ、自らのテリトリーに侵入してきた敵を見つめる目。品定めされるような……心の奥の魂胆を嘗め回されるような目だった。
南の父親は、すぐさまに笑顔を着直した。
「英明君は相変わらず良い子だね。僕も引きこもってしまった娘が心配でね、君であれば是非お願いしたいよ。
でもね、いくら幼馴染と言っても、思春期の娘の部屋に男の子を入れるのは家内が許してはくれないだろうね。だから今、僕が呼んできてあげよう。ちょっと待っててくれるかい? それと、プリントは確かに預かったよ。小宮先生にも(ご心配をおかけして申し訳ありません)と、伝えてくれるかい?」
私が「はい」と短く返事をすると、南の父親は家の中へと入っていった。入口のドアを開け、姿を消す寸前、ほんの一瞬だけ、また“あの目”を見せた。しかし、すぐにニコリと笑みを残し、家の中に消えた。
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