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ハラス・メメント 〜嫌がらせ記念日〜  作者: 三軒長屋 与太郎


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18/27

噓つきは婚姻の始まり ~メモリー・ハラスメント~ その2


【固定】

始めまして、三軒長屋サンゲンナガヤ 与太郎ヨタロウです。

ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。


 気まずい沈黙の中、私は自分のロッカーから水泳用の水着が入ったプールバッグを取り出す。

乱暴に扱ったせいか、生乾きの水着と塩素の匂いが混ざり合って鼻先を擽る。まさにその時の私の心情を表すかのような、アンニュイな香り……夕日に彩られた教室とは真反対な、ひどく現実的な鋭さ。


外を眺めるのを止めて俯く南。

そのまま去る訳にもいかず……あたかも、この空気を創り出したのは彼女で、自分がそこへ救いの手を差し出すかの如く、ぶっきらぼうに声を掛ける。

「お前が話しかけられないのなら、今後は俺が話をしに来てやるよ。この教室はテニスコートからよく見えるから、今日みたいに窓を開けてカーテンを揺らしていてくれていたら、お前が居るって気づけるはずさ。俺も幼馴染として、お前には学校を楽しんで欲しいと思っているしな」


 当然ながら、これも嘘だった。

ただただ自分が、彼女と話す口実を作りたかっただけだ。

それでも南は昔と変わらず、それを私の優しさや面倒見の良さとでも思ったのか、健気に喜んだ。

「分かった……きっと……」


 それからというもの、私は部活動の時間になると、教室のカーテンをチェックした。

どうやら南は毎日教室に残っているわけではなく、カーテンが揺れるのは、週に2回ほどであった。

校舎の3階、白い布が紅く揺れる。その度に、私の心も、赤く揺れた。

逆に、カーテンが揺れていない日には、皆よりもひと足早く、私の心の夕日は沈んだ……。


「やっべぇ……学年主任の刈谷カリヤに呼び出されてたのを忘れてたわ……」

私は様々な嘘をついて、部活動の友人たちを撒いた。毎日ではなかったのが助けとなり、友人たちがこれを訝しがることはなかった。


放課後の教室……私と南……二人だけの時間。


特段なにか盛り上がるといったわけでもなく、ただ私が話す学校や芸能人の話題を、彼女がクスクスと笑いながら聞いているだけであった。

ひとつ間違いないのは、南との放課後の時間は、私の青春の中で最も輝いていたし、それに、夏休みが来て欲しくないと願ったのも、この時が最初で最後であった。


 中学3年生の一学期も、土日を挟んだ月曜日の終業式で終わり。そんな金曜日の放課後、私は南と教室にいた。

「来週から夏休みになっちまうな……家族でどっか行ったりするのか?」

南が寂し気に首を振る。

「私の両親はこの街から一歩だって外に出ないわ。だから私も夏休み中、家から一歩も出ないと思う。でもそれは、昔からずっとそうだから……」

今になって思えば、私はこの時初めて、南の内側をノックした気がする。自分のことばかり話をして、南のことなど何も知らない。ただ自分をよく見せたかったし、自分を知って欲しかった。私はここで初めて、“球”が返って来ていなかったことに気が付く。


「英明くん覚えてる?」

急に打ち出された“球”を、舌を出しながら懸命に追う。

「小学校3年生の夏休み。英明くんが急に私の家に来て、外に連れ出してくれた。川の淵の秘密基地に案内してくれて、他の男の子たちは(なんで女なんか)とか、(よりによってこんな地味女)とかって反対してたのに、英明くんが(うるせぇ!)ってかばい続けてくれて、私はあの時のことが嬉しくって、つい昨日のように覚えてる。今でもあの秘密基地が、私の中で一番の“夏休みの冒険”だなぁ」


 「なんだよ……あんなのすぐ近所の笹馳川ささばせがわじゃないか。どこが冒険なんだか……」

嘘だ。そんな話など覚えていない。

確かに、笹馳川の堤防の藪に、皆で秘密基地を作ったのは覚えている。

その中で週刊誌を読み合いしたのも、台風で崩れた基地を皆で直したのも……。


しかし、私の記憶の中の秘密基地に、南が顔を出すことはなかった。

彼女が両手で大事に包んで見せてくれた思い出は、私の中では随分前に破けて空気の抜けたゴムボール。

記憶の藪に入り込んで見失ったみすぼらしい“球”の代わりに、新品でピカピカの“球”を咥えて戻る。


「高校に上がったら、街の外だっていくらでも連れて行ってやる。それに、高校を卒業したら、あの家からも連れ出してやるさ」

見栄や欲にべっとりとまみれてテカテカに光る“球”を、無心で喜ぶ南。


私は自分の中の罪悪感を、南の笑顔で拭った。



【固定】

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