ブラックコーヒーはいかが? 〜コーヒーショップ・ハラスメント〜 完結
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
予期せぬ有名人の登場に、二人の質問は続いた。
ジェームズ「いったい、あの老人は何者だい?」
店主「ジェイコブはKCBS TVの敏腕プロデューサーさ。彼はモテるし気の利く男だ。今日はどの子が来るのかを確認して、わたしがオーダーを用意してあげるのが決まりだ。さっき彼と話したのは、今日の最終確認さ」
イシマツ「まさか、大人気のアナウンサーだけじゃなく、他にも彼女が?」
ジェームズ「全くそんな風には見えなかった……」
店主「君たちも大学の先生をやっているのなら、もう少し人を見る目ってのを養わなきゃな。人間の素晴らしさってのは眼に映る。それは、見てくれや装飾品なんかじゃ、繕えはしない。とりあえず、今回は煙草をもらうとするよ。」
ジェームズ「まさか……この店で真理を学ぶとはな……」
イシマツ「でも、マスターの言っている事は一理ありますよ。我々も生徒の本質を見抜かなければいけませんから」
2人が自分たちの未熟さを思い知ったちょうどその時、入口の鈴が可愛らしい音を鳴らした。
次にカフェへ姿を現したのは、まだ小さな男の子であった。
店主「やぁ、リル。カウンターには大人がいるんだ。そこのテーブルでも良いかい?」
リル「僕は何処でも良いよ! いつもありがとう!」
突然の少年の登場に、二人の大人は困惑した。
ジェームズ「ルール違反かもしれないが、これだけは確認させてくれ。あの子は爺さんの孫かい? それともまさか……アレも常連なんていう訳じゃないよな?」
店主「勿論、常連だよ」
店主の返答に、2人は目を丸くして見つめ合った。
イシマツ「アナウンサーと待ち合わせする敏腕プロデューサーの次は、年端も行かない少年ですか。ジェームズさん……貴方は余程素晴らしいコーヒーショップに、出会ったみたいですね」
ジェームズ「皮肉は止してくれイシマツ。私もこの時間の『liberation』は初めてさ」
時計は夜の7時を指していた。
イシマツ「ロサンゼルスで、夜の7時に……。マスター、このお店は何時に閉店ですか?」
店主「1時間後、夜の8時だよ」
イシマツ「そうと来れば簡単かもしれません。彼の持っているナップサック。とても幼稚なナップサックです。スイミングスクールなのかは分からないですけど、あの少年はお母さんの迎えを待っています」
ジェームズ「そうだな。私も同じ答えだよ。それ以外は考えられん。いや、自分でやり始めておいて何だが、私は考える事に疲れたよイシマツ。さて、実際はどうなんだい?」
店主はゆっくり首を振った。
ジェームズは大きな溜め息をついて項垂れた。
どうやらお手上げの様子だ。
3人の間に沈黙が流れる……。
その間に、青年とマダムたちは帰り、老人とアナウンサーのカップルも帰って行った。そして店内には、店主、ジェームズ、イシマツ、そして少年だけが残された。
閉店まで残り20分となった7時40分。
急に入口の鈴がけたたましい音を鳴らし、ドアが乱暴に開いた。入って来たのは、なんとも物騒な男5人組であった。男たちの1人は、入るや否や「爺さん“プレミアム”を6つだ」と告げ、カウンターに座る2人を見つけると「…くそ……8つだ」と、何かを付け足した。
少年「‟その2つ”に対して、僕も、お爺さんも関与は無いからね」
男たちの1人「分かってるよ。俺たちはあんたも、この店のことも信用している。さっさと済ませよう」
その後、5分も経たずして男たちは店を去り、その去り際に、何とも非日常的なチップをカウンターに投げて行った。
……少しの間を置いて、少年は店主に深々とお辞儀をし、その後ジェームズとイシマツにも大人びた愛想を振りまいて帰って行った。
イシマツ「今、何が起こったのですか?」
ジェームズ「イシマツ……私は分かってしまった……。爺さん、あの少年はまさか、ディーラーかい?」
店主「あぁ、そうだよ」
イシマツ「ディーラーって……カジノとかのですか?」
ジェームズ「そうじゃない事くらい気付いてるだろ? あの少年は薬物のプッシャーだ。彼等が頼んだ“プレミアム”は、“黙秘料”と捉えて良いのかい?」
店主「その通りだよ。ほら、これが君たちへの“プレミアム”だ」
そう言いながら、店主は2人に100ドルずつを配った。
ジェームズ「どうやら私は、とんでもない店の常連だったらしい。だが、イシマツ君。カフェとはこれくらい自由なのだと、是非日本人の友達に伝えてあげてくれ」
イシマツ「本当ですね。日本でも『YAKUZA』が取引をする喫茶店があったりしますが、ひとつのカフェの中に、こんなに沢山の人生が落ちてるなんて、何だか『カフェ・ハラ』なんて言っている日本が、恥ずかしくなってきました……」
ジェームズ「今日の出来事と関連付けて、自国を恥じるか。イシマツはやはり日本人だな。とりあえず今日は完敗だ。爺さん、会計を頼むよ」
店主「またいつでも、自由に使っておくれ」
店主が伝票の計算を始めると、ドアの鈴が寂し気に鳴った。
入口には、1人の女が立っていた。帽子を深くかぶり、表情は見て取れないが、間違いなく今までの客で最もこの店の陰気にマッチしていた。
店は閉店10分前であった。
ジェームズ「おいおい爺さん。まさかこれも常連かい?」
店主「いや、新規だ。君、すまんがうちはもう閉店だ」
女は何も語らず、ただ沈黙しながら入口に立っていた。
ジェームズ「おい、イシマツ。まさかだと思うが、君にも見えているよな?」
イシマツ「安心してください。幽霊じゃなくて人間です。そして今回、残念ながら常連ではないですが、僕はとっても自信がありますよ」
ジェームズ「お! 最後に賭けるかい?」
イシマツ「良いですよ! でも、少し店主が可哀想ですけどね」
カフェの入口で佇む女は、不意に自らの右太ももへと手をやり、その腕が上がった時には、立派な銃が構えられていた。
ジェームズ「爺さん、俺たちは今、最後の賭けをして、見事に当てた。後は爺さんがこの“過ごし方”を、認めるかどうかだ。どうする?」
店主「わたしは今まで、全てを許して来た。ここに来て『強盗だけは禁止』なんて張り紙は貼れないさね」
ジェームズ「そう言うこった強盗さん。私たちは君の‟過ごし方”を認めるし、拒否する権限も無い。だから、私たちは一足お先に帰らせてもらうよ。カウンターの“プレミアム”も好きにしてくれ。君は、ゆっくりとカフェを楽しみ給え」
女「『liberation』の名の下に」
2人はカフェを立ち去り、そして、このカフェには二度と近付かなかった。
これもひとつのリベラルであり、ハラスメントを防ぐ最善策なのかもしれないと……。
(完)
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