9 ジ・オルク
村の宿は野戦病院の様相を呈していた。商人たちは全員、軽い怪我で済んでいたが私たちの攻撃隊は少なくない被害を受けている。特に私の目の前で矢を射られた人は……
「新入り、大丈夫か?」
恰幅の良いオッサンが私の肩を叩く。
「……はい」
「あいつの事は……気にするな。冒険者や傭兵をやってりゃ、いずれこうなる。テメェで決めた運命さ」
「………」
その人の遺体に女性が縋りつき、泣いている。恋人か伴侶か。
人の生き死にとは無縁の日本で生きてきた私にとって、戦争など遠い星の出来事だった。テレビでの報道を見ても他人事だった。
それが今、目の前にある。血が流れる。人が死ぬ。
アイテムを集めるだけと思っていた。ゲームのようなこの力に、どこか楽観視してたのかもしれない。
スライムやゴブリンもゲーム感覚で倒していた。実際、彼らはすぐに蘇る。でも人間は違った。
でももしかしたら、死んでも生き返る。命を取り戻すアイテムは実在するかもしれない。この広い世界のどこかにあってもおかしくはないと思う。でも今手元になければ存在しないのと同義だ。次は我が身……肝に銘じよう。リセットは、無い。
「ドワイトさん!」
その時、私たちの下に一人の青年が駆け寄ってくる。まだ年若い……二十歳くらいか。
「どうした、マイケル。そんな青ざめて」
「斥候からの急報です……この村目指して、オークの大群が進撃中!! その数、およそ百!!」
その言葉に、辺りは水を打ったように静まり返る。
長い夜が……始まろうとしていた。
深夜辺りから降り出した冷たい雨が身体を打つ。私はオルディネールを守る簡素な木組みの防壁に座り、ゴブリンシューターをチェックする。残弾は二百発ほど。
「クソオークどもめ! 本隊がいたとはな」
私の隣に恰幅の良いオッサン――ドワイトさんがドッカリ座る。夜食代わりの干し桃を仏頂面で齧っていた。
「砦の大きさの割に数が少ないとは思ってましたが……」
「俺もな。だが、いないなら好都合くらいにしか感じなかった」
オークは執念深いが、手酷くやられれば引き際を弁える。今回もそれを想定しての奇襲だったようだが、向こうは反撃に転じてきた。総勢百名の軍団がオルディネール目指し、進軍してくる。
「もしかしてこの執念深さ、ジ・オルクじゃねぇだろうな? 勘弁してくれよ」
ドワーフのブランドンがパイプを吹かしながらせせら笑う。
「ジ・オルク?」
「オークより上の存在だ。オークよりも利口で……執念深い。どこまでも追ってくる。獲物が死ぬか、自分が死ぬまでな」
「………」
どこかで来たぞ! と声が上がった。
地鳴りのような足音が重く響く。壁の隙間から見ると、闇夜に鬼火のような松明の光が無数に浮かび上がり、こちらへ迫って来ていた。
……なんか百以上いそうな気がするのは、間違えであって欲しい。
「斥候からの続報! あの群れの大半はジ・オルクです!」
『今更遅いわ」
ドワイトさんはケッ! と唾を吐き捨てる。
「聞いたか! 向こうはジ・オルクだ! 到底、俺たちじゃ凌ぎ切れん! だから命の惜しい奴は逃げても構わん! 誰も責めはしない!」
皆はシンと静まっている。背を向ける人は――一人もいない。
「よぉーし、骨を埋める覚悟はあるみてぇだな? なら、覚悟を決めろよレディたち! 朝まで粘れば援軍が来て俺たちの勝利だ!!」
士気は依然高い。皆の後ろには妻子がいる。怪我をして動けない友がいるからだ。
じゃあ私は何のために? 小さな子供も頑張ってるとか、そんな外聞を気にした理由だけじゃない。
……この村が好きだからだ。住めば都。居心地は悪くない。私のような素性が分からない者でも受け入れてくれた。
だから戦おう。力の限り。
「来るぞ!!」
ジ・オルクの悍ましい雄叫びが響き渡る。足音は地鳴りから地震のように大地を震わす。
「射撃用意!」
私はゴブリンシューターを構え、周りの人たちは弓に矢を番え、魔法の詠唱に入る。
「――放てェ!!」
怒鳴り声の号令と共に引き絞った火炎弾を打つ。一発目がジ・オルクの鎧に直撃するが、鈍い音と共に弾かれる。素早く二発目を放つ。今度は眉間を狙い、一撃で貫いた。
続けて降り注ぐ矢の雨により、更に多くのジ・オルクが地面に倒れていく。
「あいつらの鎧は硬いです! 露出してる部分を狙ってください!!」
オークの鎧は貫けるのに。こいつ等、硬すぎる!
「梯子が来るぞ!」
物量に圧され、あっと言う間に防壁部分にまで到達された。攻城用の梯子が次々とかかってくる。乗り込んでこられたら不味い!!
「抜剣!! 後衛は下がれ!」
ドワイトさんの指示で前衛と入れ替わる。私たち後衛部隊は梯子が届かない位置に陣取る、他の弓兵部隊と合流し、そこから再び射撃を開始した。
「ケガをしたやつは中へ引け! 致命傷じゃないなら踏み止まれ!」
そしてボチボチ、怪我人の報告が上がり始める。下では梯子を上り切ったジ・オルクと冒険者の剣戟が響いてきた。
「新入り、お前ポーション作れたよな!? こっち来て手伝ってくれ!」
「っ、はい!」
私が向かおうとするが、向こうの射撃も激しい。持ちこたえられるか……!? 冒険者の矢は効果が薄い。厳選したゴブリンシューターでも鎧は撃ち抜けないのだ、此処を離れたら……。
「俺たちに構うな、行け!」
「わ、分かりました!」
仲間からの叱咤を受け、迷わず向かう。
後方の陣地は怪我人で溢れ返っていた。私は作成したポーションを迷わず分配していく。足りなくなったら自前で作る。
「そのアイテム生成、大した能力だぜ。錬金術の先生でもそんなに早くは作れねぇよ」
「ユニークスキルだろ? 有難いもんだ」
ポーションで傷を癒したら、彼らはまた最前線へ向かっていく。そして入れ替わりに運ばれてくる怪我人。一人治したら十人くらい纏めてやって来るペースだ。怪我の具合も酷くなってきている。
一発で治せない怪我人は戦線離脱だ。無理はさせられないが、その分人数委は減る。人数が減れば前線の負担が重くなり、更に重傷者が増え始める。酷い悪循環だ。
「……く!?」
ここまで連続してアイテム生成をやったことは無かった。そのせいか、急激な眩暈が襲い来る。倒れるわけにはいかない。私は唇を噛み締め、その痛みで強引に意識を繋ぎ止めた。
周りの子供たちも返り血で汚れながらも懸命に頑張っていた。こんな所で倒れたら情けない!
だが、その時一際大きな轟音が村を揺らす。同時に血まみれの伝令が転がり込んできた。
「正門を突破された!! 雪崩れ込んでくるぞ!!」
それは最悪を知らせるものだった。