第2部 Tokyo Ophionids - 35
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一夜明けて。
首都圏一帯の凄惨な状況は徐々にその全貌を現し始めた。
〝東京竜星群〟は、10月4日の午後から5日の未明にかけて、およそ20以上のウェーブに分かれて断続的に襲来し、現地に壊滅的な被害をもたらした。
その後一ヵ月以内に親知らずの歯のように落下してきた散発的なはぐれ竜星を含め、一連の竜星災害は、日本国政府によって「首都圏大星災」と命名されたが、その被災者は500万人を超え、死者数は約4万人、負傷者は13万人以上にのぼり、損壊した建造物は90万件をくだらないとされる。
21世紀のみならず、歴史時代全体を見渡しても、日本国内で発生した自然災害による被害としては他に例を見ない最大規模のものである。
都内各所の公園には身元確認待ちの死体の山が築かれた。
被災を免れた数少ない病院には負傷者が長蛇の列をつくった。
街のあちこちで怒号やすすり泣く声が飛び交ったが、それはまだ良い方だった。
声も聞こえない、音もないところとはクレーターになってしまった場所だった。
このような酸鼻を極める様相は、本社ビルが倒壊したマス・メディアのヒステリックな報道によるのではなく、物見遊山の動画投稿者によって伝えられたが、更に悪いことに、その皮肉を笑う余裕さえ、東京の人々にはなくなっていた。
平和だったはずの東京が一夜にして戦場のような状況になる、と誰に想像できただろう。
誰もが現実だと理解できていなかった。誰もが放心状態となっていた。
こんなはずはない。そんなことになるわけがない。
こんなの普通じゃない。誰もがそう思っていた。
こんな普通ではないことを、不快なことを、視界に入れたくないことを、考えたくないことを、現実にあるものとして認めることはできなかった。
それでも、ヒトは空腹を覚えてしまうものだ。
夜、寒さを感じれば眠ることもできなかった。
そう思えないのであれば、もう先は長くない。
日本国政府は地方公共団体の要求を待たず、プッシュ型の支援を開始するとともに、被害状況に関する情報収集に乗り出した。
無論、現状を数値として把握しないことには復旧・復興の計画を立案することはできない。更なる対策を備え、後世へ警句を残すこともできない。
しかし、だからといって人心はそれで納得するものでもない。
表面的には乾いているようにみせかけて、平気なようでいて、大丈夫だと装いながらも、多くの人々が消すことのできない、癒えようもない、目に見えない傷を負っていた。
誰かが泣けば、他の誰かが歯を食いしばって働くしかない。
その当たり前の出来事に、人々はどうしようもなく疲弊し、壊死していく。
だからこそ、通信手段の復旧は急がれた。
しかし、竜星群落下に伴って首都圏一帯に発生した竜子場密度の増大現象は後遺症のように尾を引いた。竜子場状況が安定するまでの半年近くにわたって、現地では通信障害が頻発し、発災初期の救難救助だけでなく、中長期的な復旧・復興対応を滞らせ、いずれの場合も被害を拡大させる結果を生んだ。
大規模かつ重度の通信障害とは、単に電話やSNSの不通を意味しない。
電子決済をはじめとした利便性の高い取引の手段が失われる、ということでもある。
消費者レベルでこそ、幸か不幸か日本国内には、現金での支払いや印鑑での書類提出、契約締結といった伝統的な慣習がそれこそガラパゴス諸島固有の生態系のように取り残されていたために、食料や生活必需品を売買することの方法自体はあったが、それでも絶対的な物量の不足とそれに起因する物価の急騰という問題は付きまとう。
より深刻な問題は企業間の取引や、金融分野に現れていた。
翌日の証券取引所は設備の復旧から始まり、その後は当面の間、20世紀の資料映像に見られるような固有のジェスチャーと固定電話による株式売買を余儀なくされた。
東京は日本国内における政治・経済の中心地である。
同地において、多数の機会損失が発生し、経済活動が大きく後退したことは、つまり実体経済が収縮したことは、短期的な日本株の急落や為替市場の変動とは別に、その後の復興費用の財源確保にも大きな影を落とす。
こうして、人々が家族や友人、知人たちと無事であることを、あるいはそうでないことを伝え合うことにも時間を要し、また直近の生活を維持するための物品確保に苦慮している間にも、インフラの復旧は遅々として進まなかった。
竜星群落下による物理的な被害はやはり軽視することはできない。
隕石体の衝突や衝撃波、否応なく発生する火災。
上下水道、電線、ガス管の寸断。
発電所や変電所、浄水処理施設、下水最終処理場、LNG基地の消失、破壊。
自分たちの日常生活に直結することは誰にでも想像がつく。
ライフラインを速やかに回復させるべく、現場へ向かおうとした人員や機材は、まず道路や鉄軌道の上に折り重なった建造物の瓦礫に直面した。
道路啓開のための作業員や重機を送り届けるために、まず道路啓開が必要であるというジレンマに、現場も後方も途方に暮れた。
仮に撤去できたところで撤去した瓦礫はどこへどうやって運べば良いのか。
問題だけが山積みとなっていった。
被害を受けた施設はライフラインだけではないのだ。
空港、飛行場は破壊された。
航空搬送拠点としての、あるいは物資輸送拠点としての役割を期待することはできない。 仮に設備が無事であったとしても、滞留する竜子場が航空無線を撹乱し、その対策として整備が進められていた光学通信設備はどうしても有効範囲が限られるため、計器飛行は著しく困難な状態であった。
蓄光石で縁取られたヘリポートに向かう救急ヘリが、報道機関や民間人が飛ばしたドローンと危うく衝突しそうになるインシデントは一度や二度では済まなかった。
実際には、竜星群が陸地へ到達してから一時間内には、個人であろうと法人であろうと民間ドローンに対する飛行禁止空域が指定されていた。それにも関わらず、航空路に侵入するドローンは後を絶たず、このことがSNSでシェアされると私権制限と緊急時対応の優先とで物議を醸すこととなった。
港湾施設は、隕石の直接的な被害に加え、東京湾を襲った竜星津波によっても大きく損傷していた。岸壁が破損したことにより、病院船を接岸できるような状況ではなくなった他、ガントリークレーンが倒壊し、コンテナを巻き込み、圧壊させた場所もあったために支援物資の運び込みや集積拠点としての用途も果たせそうになかった。
加えて、水路上には様々な障害物が漂っており、船舶の航行は制限された。
河川の管理施設も損壊していた。いずれ起こる水害リスクを高めることになるだろう。
仮設トイレに溜まった汚物の回収や、廃棄物処理場の復旧は後回しにされがちな分野だったが、それを放っておくにも限度があった。
多数の負傷者を看るために、そして死者を看取るための、営業可能な医療機関が必要だった。施設も設備もスタッフも全てが絶対的に不足していた。
あまりにも多すぎる遺体をどう〝処理〟するのかという問題は、もはや目を逸らしたまま綺麗事だけを言って、面倒事や汚れ仕事は他人に押し付けておけば良い、というような段階をとっくに過ぎていた。




