第2部 Tokyo Ophionids - 33
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夜空に星が流れていく。
墜ち行く竜星は数多の隕石雲を曳き、
宙に撒かれた灰柱を火球の禍つ光が青白く照らす。
それは、さながら天空の神殿を築く列柱。
整然と並び立ち、厳然として聳え立ち、浩然と輝き立つ。
あたかも天界の光から現れ、伸びゆき、逆しまに建つ光の霊堂の如く。
天の星は、たかだか人間を輝かせるためのスポットライトではない。
自然の驚異、宇宙の脅威、客観の強意を目の当たりにして、
人は皆、いかに自らが卑小にして矮小、微小な事物に過ぎないかを思い知る。
そうできない者があるとすれば、それはきっと幸運にも厚顔無恥な愚物だろう。
竜星が降り注ぐ空に、人が入り込む余地など僅かにもない。
渡り鳥さえ翼をそっとしまいこむ。古の翼竜さえ空を滑ることは叶わない。
地球上の生物はただひらすら、陸に張り付き、あるいは海の底に潜り込み、
抗うことのできない災厄が過ぎ去ることを祈り、願い、待つ詫びるより他にない。
隕石の鉄槌が振り下ろされる空を、竜子場という瘴気が蔓延る宙に、
翼膜を御旗のように掲げ、昇る者があるとすれば、
それは、デンゲイ。
星降る夜に、天翔けるは竜の特権。
宇宙より来たり、隕石から生まれた存在の本性として。
故に、元より星空とは竜の領域。
揚々、明るみ射す翼の際は、紫雲いろめく光彩のしなやかに輝きたる。
今、その竜聖なる空域を不遜にも侵犯する者、一翼あり。
ぎょしゃ座の一等星、彼方の筒から糸を通すように届く真白い光を遮って、
北東の空に漂い、図々しくも占有する機械仕掛けの意思なき翼。
それは竜を模った超大型戦闘機械。
絶縁体で覆われた自律AIが駆動する未必の害意。
それは地球上のものではあっても、生物ですらない。
むしろ、生物でさえなければ、
聖域を侵しても良いと考える狡賢い図太さこそが最大の武器。
だからこそ、夜空の神殿を介して、
星より顕われたる真なる竜が、星に紛れたる亜龍の征伐にかかる。
星空に翼を広げる者がどちらであるのか、
輝く夜空の主がどちらであるのか、
白黒をつけ、明暗を分け、黎冥を告げるために。
セージは、デンゲイとして宙を翔ける。
その疾駆の果てに彼らが捕捉した、亜龍型の超大型ドローン。
意思なき挑戦者は、仮想敵を画素に認め、あらかじめ仕込まれた行動に移る。
胸部チャンバーから、子機たる自爆ドローンを幾つも吐き出して、
その群れの中に、脚部ランチャーから発射した対空ミサイルを潜ませる。
メラ・デンゲイは迎え撃つ。マナの輝きを放って一閃する。
それでも、金属と炸薬と電子部品で構成された害意はあくまで群れをなし、
蠢き、飛び交い、執拗に押し寄せる。
黒き竜は明滅する空を背景に、鮮やかに、軽やかに、いっそ華やかに、
隕石雲の柱廊を翔け巡っては、チンダルの如く残留するマナを時に盾として、
躱し、逃れ、それでも振り切れず、数機のドローンと一基のミサイルが喰らいつく。
止め処なく、悪気もなく、ただ心なき故意。
メラ・デンゲイは観定める。雲柱を軸に旋回し、それらを正面に捉えて。
竜掌から覗く光爪の刃、マカナーの煌めき。
竜の手が光を湛えるなど、人が拳を固めるよりも当たり前のことだ。
竜の掌が光を発するなど、人が拳を振り下ろすよりも些細なことだ。
セージの意志と共に放たれた、対なる黎明光線。
穢れなき、淀みなき、揺るぎなきマナの奔流が仕組まれた悪意を撃ち砕く。
即座の爆発が、瞬く間に大量の水滴を浴びた。
滝のような雨。
相次ぐ竜星群が上空の大気を散々に掻き乱し、引き裂き、破りに破った結果、
もはや天の源は隕石のみならず豪雨をも下界に叩きつけ始めていた。
竜星物質と複合材料を濡らす大量の水しぶき。
雷光が閃き、しかし雷鳴が轟くより先に、
メラ・デンゲイの次なる飛翔は始まっていた。
マナと大気分子が交錯する光波を置き去りにして、
その輝く波形は龍魚のヒレのように空中を揺らめき泳ぐ。
セージとその半身が竜体を左右に振って、雲柱廊を翔け抜ければ、
退避行動のフェーズへと遷移していた亜龍など、呆気なく射程に収まる。
燦めく閃線、奔る。
照射されたマカナーの光撃がメガ・ドローンの巨体を掠め、灼かれたカーボンファイバーが白煙を上げた。小型回転翼のクラスターは幾つもの損傷個体を抱えることになり、小賢しきモーターは多重の悲鳴を上げたが、自らを大同とみなした側は小異を切り捨て、雲柱の陰に機体を隠して、逃げ切った。
少なくとも亜龍のAIはそう判断を生成し、だが、真なる竜はそうさせなかった。
竜星雨と雷雨、二つの雨が交錯する夜空に憚るデンゲイ。
柱廊を回り込み、偽者の影を奪って、その背後を突く。
更なるマカナーの執光。竜子場の力動がメガ・ドローンの躯体を貫き穿つ。
決定打には成り得ずとも、亜龍の機動は速度とベクトルの柔軟性を落とす。
点で攻めて埒が明かないなら、線で断ち斬るまで。
セージは意を発し、黒き竜は肉薄し、メラ・デンゲイは忽然と至近に分け入る。
瞬間、メガ・ドローンが火を噴いた。
二本の野太い火線が、暗い大粒の雨を引き裂き、火球に照らされる夜空を抉った。
それは、超音速で吐き出された徹甲弾の羅列。
セージたちは火を見るより先に、エンベロープの傾きを反らし、撃ち込まれる無数の弾丸から身を躱すと、一度は詰めた距離を即座に放棄して、航空機関砲の間合いから滑らかに離脱した。
ファイア・ブレス。大陸の火器メーカーがドローンへの搭載を前提に開発した重機関砲であり、岩盤のようなデンゲイの基体を穴だらけにするための空対空装備。
火の吐息と名付けられたその重火器は、亜龍と称されるメガ・ドローンが吐き出す炎に相応しい威容であり、威力であり、威迫である。
その熱線の如き弾幕が張られたのであれば、迂闊に飛び込むことはヒマラヤの急峻な山肌に突っ込むようなものだった。必然、セージたちが退避する手番となる。
メガ・ドローンの重心付近に二基も架装された航空重機関砲は、夜空を飛び回るデンゲイ目掛け、その火線でもって執拗に追い回した。
複数のドローンを空中合体させ、一機のメガ・ドローンに仕立て上げたのは、やはり単なる技術力の誇示ではなかったのだ。
一つには、多数の回転翼を集合させ、更なる機動性を獲得するため。
それでも、ジオイドに沿って流れるマナと、自身を包むエンベロープの相互作用によって、見かけの浮力と推進力を得て飛翔するデンゲイの運動性には及ばない。
だからこそ、竜を追い払い、狩り立てる重火器が必要になる。
二基の機関砲を取り回すことのできる安定性こそ、メガ・ドローンが真に必要としたものであり、まさしく質量こそが真に脅威なのであった。
そして、その猛威がメラ・デンゲイを襲っている。
ひと時の雨雲を翔け抜けて。
竜星が輝跡を曳く夜天の藍色を、デンゲイはバショウカジキのように飛び回り、
メガ・ドローンは、カツオノエボシが無数の刺胞を発射するかの如く追撃した。
明滅する夜空に建立された逆しまの神殿、それを築く隕石雲の柱の陰に、今度はセージたちが身を隠す羽目になったが、亜龍が吐き出す火力と言う名の毒素は、束の間の聖域を瞬く間に侵食し、汚染し、蹂躙していく。
セージは焦れていた。
迂闊に飛び込めば蜂の巣にされる。しかし、火線を意識し過ぎては、自爆ドローンや空対空ミサイルの的になるだけだ。
盾になってくれている雲柱の数は残り少ない。
スコールの雨粒は、雲と同様に水滴の乱反射によってメガ・ドローンの光学センサーを攪乱しているが、時折、走る稲光までは余計だった。短時間の照明弾になってしまっては、能動的であれ受動的であれ、メガ・ドローンを利してしまう。
仕掛けるなら、雲の柱が全て倒れて、蜃気楼の神殿が崩れてしまう前でなければ。
遮蔽物がなくなった途端に飛び出したのでは、あまりにもタイミングがわかりやすい。
狙い撃ちにしてくださいと言っているようなものだ。
そう考えたところで、セージたちはこの瞬間にも追い込まれている。
機関砲の激しい攻撃が隕石雲ごと夜空の一角を裂き剥がし、火の色に塗り潰した。
囃し立てるように、煽るように、誘き出すように、複数機の自爆ドローンが飛来した。
セージたちも柱と柱の合間からマカナーを撃ち込んで応戦するが、依然としてメガ・ドローンの巨体をわずかに削っただけだ。
打って出るしかない。それは空の光量がもっとも絞られた時。
落ちる竜星の曳光と、垣間見える雷光、それらの間隙。
夜の帳がもっとも深く降りた、その一瞬。
海中へ突入するカツオドリさながら、メラ・デンゲイは急降下し、隕石雲の柱をくぐって、夜空の神殿の底に潜り、メガ・ドローンの火砲と旋回する自爆ドローンの死角に飛び込んだ。天を仰げば、対象の機影が竜の観覚に捉えられる。
この時、セージたちは、海底に潜伏しながら水面に獲物を見咎めたホホジロザメも同然だった。海上へ躍り出す獰猛な軟骨魚類さながら、一気に急上昇を仕掛ける。
自爆ドローンの反応もまた早かった。
大気に擦れ、干渉したマナが輝跡を曳く光景は、多くの場合、幻想的と評価され、時には不審で不気味なものとして捉えられるが、今だけは不要だった。
母機を守るべく迎撃行動へ移った自爆ドローンの数々を、その煌掌から発する光の刃で撃ち落とし、斬り伏せ、薙ぎ払って、真なる竜は人工の機龍に迫る。
対する亜龍は、多数の回転翼を寄せ集めた機械仕掛けの翼をモーターが焼け付く程に稼働させ、姿勢を強引に変転させると、機関砲の射線をメラ・デンゲイに向けた。
荒ぶる火力、灼けつく砲身、空中を焦がす炎の吐息。
セージたちは、走光性を示す昆虫のように輪を描いて砲弾の行列をかいくぐり、疾走するオオトカゲの如く追いすがる自爆ドローンを振り切って、結果としてメラ・デンゲイは螺旋状に、そのモメンタムはクロヒョウの狩猟として、メガ・ドローンに吶喊する。
差し迫り、交錯、一閃。
光撃は危ういところで成功した。
自爆ドローンに構わず懐に飛び込めば、誤爆を恐れて追撃の手は緩むとした判断は正しかった。しかし、すれ違いざまにマカナーの斬撃を加えたにも関わらず、メガ・ドローンはなおも健在だった。
上昇気流に乗ったトビのように旋回しながら、セージは閃果を観定め、デンゲイはわけもなくマナの嘶きをあげた。
炎上する亜龍は赤い焔と黒煙を噴きながらも、機械的に、あるいはポリプが出芽するかの如く自爆ドローンを放出していた。
食い下がるべきか。沈黙させるには、最後の一押しが必要だ。
しかし、欲をかけば、翼を失うことになる。
だが、ここで躊躇し、距離を離されてしまったら、艦を攻撃する猶予を与えるだけだ。
自爆ドローンは、餌を飲み込まんと傘を広げるクラゲのように四方から襲来している。
逡巡は僅か、竜光の思考は指を弾く間よりも短く。
群れ成し、殺到するドローンが爆発のヒドロ花を次々に咲かせた。
炸裂した光熱、衝撃波が触手を伸ばす、その前に。
メラ・デンゲイはマンタが舞う宙返りの飛翔で、爆炎という刺胞から逃れていた。
星降る夜に、例え注ぐ光が凶星であったとしても、
標識灯が尽く落ちた暗闇の世界であっても。
自分たちの航路に舵を切る者は、
いつだって自らの翼と意志なのだ。
赤熱する機関砲の弾帯を擦り抜け、自爆ドローンの包囲網を切り抜ける。
セージたちは果敢な速翼で、再びメガ・ドローンの懐へ飛び込もうと復行する。
デンゲイが再び嘶いた。
間を置かず、星景測位装置がアラートを鳴らし始めた。
竜星群の第12波。
その落下予測地点は陸上の都市部ではなく、手前の海上と示されていて、一部は竜と亜龍が空中近接戦を繰り広げるこの空域を掠めるという。
不案内な星占い師に告げられるまでもなく。
一つの竜星がほんの数km先の空を高速で横切っていく。
衝撃波が亜龍を打ち、竜はマナの防壁で防いだが、それだけではない。
落下する隕石は断熱圧縮によって光り輝き、熱線を発する。
昼間に見える太陽の光度は約マイナス27等級。
竜星という隕石の発光強度は太陽のそれを凌駕し、そのエネルギーフラックスは十倍以上にも達する。
暗闇に明かりを求める行動は、少なくとも人間にとっては自然なものだ。
しかし、過大な光量は眩惑であり、時として感覚器官を壊す。
確かに、竜星のスポットライトは夜闇の中で度々、亜龍の″知覚〟の助けとなった。
ここで、今。
竜と亜龍の決闘空域に最接近した竜星が強く輝いた時。
亜龍はその動きを鈍化させた。
その光学センサーは著しく処理能力を低下させ、AIの画像認識は機能不全に陥った。
デンゲイは、ジオイドを覆う層序と化した竜子場の浮動を観じていた。
悠然としたマナの流れを揺り動かす、ある種の粒子であり波動であるものこそが、其処に何かが在るという、存在する者が存在するという何よりの証だった。
青蓑海牛はカツオノエボシの毒手を前にしても、超然と挑むものだ。
竜は堂々たる飛行で、亜龍が墜ちた認識不能の空隙に進み入った。
だが、亜龍は竜との一騎討ちを望まなかった。
フェイル・デッドリー。
オオスズメバチに群がるトウヨウミツバチのように、破壊的選択を行った。
セージは、メガ・ドローンが射出機能の全てを用いて、搭載するあらゆる投射物を放出したことを観照した。その中に、ひときわ大型の飛翔体、つまり対艦ミサイルが含まれていることをメラ・デンゲイは把握していた。
初めから自機の生還を前提としないドローンであるが故の選択。
それに引き換え、セージたちはどうだ。
艦も、自分たちも、トーキョーの街も、守らなくてはならない。
創り上げ、維持し、存続させなければならない。
だが、両手のマカナーだけで、何ができるというのか。
間合いに入ったメガ・ドローンを墜としたところで、ミサイルは? 自爆ドローンは?
吐き出された全ての擲弾を撃墜することなど不可能だ。
もう終わりだよ。
脳裡をよぎる、誰かがSNSに投げかけた簡単な言葉。
本当にそうか?
何もできず、何にも果たせず、何も成し遂げられないまま、
たった一月を過ごした都市ごと、墜落してしまうしかないのか?
自分自身に問いかける。
為すべきこと、為し得ること、為さんとすること。
自問し、想起し、思考する。
両の掌に加えて、マナを収束させる界面があるとすれば。
エンベロープ。自分たちの全周を包み込むマナの羽衣。
導師ホクレアの教えにも、そんな流技はなかった。
無いのなら、創るしかない。
創り出し、維持し、存続させるしかない。
「デンゲイ、」
やれるのか?
できないなら、舵も翼も港も、揃って火の海に沈むだけだ。
何もかも全て終わりだ。
「そう簡単に、」
セージは共辰する。
より深く、まっすぐに、どこまでも懸命に、
ただひたむきに共進する。
「終わらせてたまるか!」
もはや帰結など計りはしない。
それは反射でも走性でもない。本能ですらない。
より本源に近しいもの。
本性。
光を希め、光を望み、また光である。
真なる星の竜、光り輝く。
大空のマナ密度。エンベロープの強度。波及するマカナー。
先立つ方位磁針。光流の剣束。全球スパイク。
青い海、茶色い陸、転回する惑星。
大地を別けるハリモグラ。空を掴む虹蛇。
一つ煌めく蛇の眼。竜神の母星。
果てなき暗黒時空を、限りなく照らす、
プロミネンスの光耀発散、燦爛たる恒星フレア。
無我夢中に発する、煌めきの咆哮。
「エキドナ・ペプロマー!」
刹那よりフェムト秒。
メラ・デンゲイが羽織るエンベロープから、
目映き無数のマナ流束が、
輝ける飾り布曳く槍衾が、
雨のような閃光の矢束が、
全天、全域、全方位へ、全面開放される。
それは大気の下で爆縮した超新星、紛れもない白日の身。
鮮やかな曲線を描き、瞬きもできない程の輝跡をもって、
解き放たれたマカナーの、柔らかで美しき無量の光芒は、
晴れやかな散開星団が伸ばした、麗しき彩雲、その数々。
マナとは竜子場の力動であり、力動とは輝きに外ならず、
故に、開かれた天文学的力線は、軽やかな色彩を帯びて、
天路をしなやかに征き行きては、光波の鳥銃であって、
我先にと逃げ出すミサイルを直上から啄み落とし、
地道にきめ細かく突き進んでは、光浪の魚雷となって、
襲い来る子機ドローンを徹頭徹尾、喰らい尽くす。
そうして、敢然たる意志の過剰なる発揮、
その表象たるマカナーの多岐なる発輝は、
後に一群体、残されたメガ・ドローンそのものを志向し、
それを形づくる攻撃的クラスターごと無数無辺に撃ち貫く。
なれど、分散した加虐性の顕われは、炎上を続けながら尚、空に留まり蔓延って、
弾け飛ぶ部分に構わず、砲口を標的へ向けては、悪気なき敵意をばら撒き続ける。
セージたちは、自身を包むエンベロープが衰弱していることを自覚していた。
原理も機序も構造も、まるで分からないが、これだけのマカナーを同時に放ったのだから、それは当然のこと。必然であり、自然であって、メラ・デンゲイは自らが位置する高度がみるみる下がっていくことを許容していた。
しかし、その自由落下にも似た直線的な挙動は、これまでデンゲイが描いてきた複雑怪奇にして滑らかなブラウン運動めいた飛翔とは全くもって対照的であり、だからこそ、亜龍が放つ航空機関砲のAI予測による執拗にして熾烈な偏差射撃は、順当に高度を落としていく竜の残影を薙ぎ払うだけに終わってしまった。
そうして窮地が好機へと変わった偶発を、ヒトとしてのセージは見逃さず、
その理性に応えたものは、対機特装の撃発だった。
圧縮蒸気を加速度に換えて、ワイヤークローが宙を奔り、
その切っ先が首尾良くメガ・ドローンの図体を捉えた時、
チタン合金製の鉤爪が食い下がった合わせを支点として、
メラ・デンゲイは急激なラジアン運動へと移行した。
それはアドホックな大空のブランコ。
大気に架けたその振り子の挙動こそが、セージたちに再び位置を与え、
黒き竜はまたしても天へと舞い上がる。
夜空を画する火の吐息の赤熱した射向束を置き去りに、
背後には、輝く竜星、降る隕石、花散らす火球、
セージたちは亜龍の死角に回り込み、その頭上を捉えるに至った。
対機特装のウインチがすかさず巻き上げる求心力。
曳光を疎にした竜が手にした見かけの推進力、それが最後の一撃を可能とする。
急速接近はあたかも獲物を捉えたイヌワシの如く、
迅速突撃はまさしく光を見つけた吻長魚のように、
セージたちはメガ・ドローンの核心部を求め、一筋に疾駆する。
果たして亜龍は身をよじり、ワイヤーを引き千切ってみせたが、
数えきれない損傷を抱えた複合素材の巨体は今更逃れられるものでもなく、
竜を運ぶ慣性は元より止まることなど知りはしない。
高速直線運動の系にあって、
メラ・デンゲイはラッコのように両の掌を合わせる。
右腕が巻く攻想、火の女神ペレの憤火。
左腕が纏う防証、雪の女神ポリアフの寛雪。
自身から湧き立つ力。なけなしのマナを搔き集め、
この世界を流れる力。ただ一つの意志を叶える。
一つの季節にも満たない両者の融和は、
それ自体が破砕流と化して、一点突破の力動を成す。
カーネの進臓。流派南風不撓、奥技。
蠢くドローンのクラスター、翔けるデンゲイの光跡は幽かな竜灯。
真正面から進み、迫り、直接し、
竜と亜龍は激突する。
弾ける火花、暴力的衝撃、堪えきれない痛み。
竜は啼き、セージは歯を食いしばり、亜龍のモーターが哭いた。
それでも、人工機龍の中心部に突き刺さったデンゲイの両手は、
一つの拳であり、噴火口にして冠雪点である。
その接点から爆出する純粋なマナの発動が、
メガ・ドローンの魁体を貫き、幾つもの亀裂を走らせる。
それは摂動に引き摺られて、切り裂かれた小惑星の如く。
もはや癒着のしようもないほど明からさまな裂け目から、
脈動する閃光が溢れ出す。
そして、
爆発炎上。
決壊し、瓦解し、崩れ去り、
烏合の衆でしかなかった正体を現していく襲撃者を、
メラ・デンゲイは、ヒクイドリが蹴爪を立てるように蹴り捨てた。
機能を停止した亜龍型のメガ・ドローンは、ただ猛火と焦音と黒煙を残し、
どこまでも墜落していく。落下していく。堕ちていく。
海中に沈み、烏有に没し、灰燼に帰す。
複合素材は自然分解を期待できない。
セージたちは結果的に海へ粗大ゴミを投棄してしまった。
汚染が狭い範囲に留まること、せめて漁礁になってくれるよう願うしかない。
我に返ったセージは、激しい呼吸を漏らした。
薄らぐ思考の中、復帰してきた星景測位システムで撃墜ポイントを記録する。
エンベロープの強度は戻っていない。
艦に戻ったところで対星特装はない。
それでも、翔ばなければ。
高度は低く、海は黒い淵の面、暗い水面は深海鮫の大きく開いた顎。
スコールはあがれど、
竜星雨は止まない。
夜明けは遠く、けれど艦船も都市も照明を点けて、灯火を絶やしていない。
だから、セージたちは飛ぶ。
日は昇らず、月は陰り、星々が嚇音を吹かして凶事をもたらす。
歪に明るい天上と、声を押し殺した下界、二つの世界の狭間を、
人と竜の仔はまだ飛翔している。




