第2部 Tokyo Ophionids - 29
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上空に揚がったセージは、あろうことか自身が天地を取り違えたのかと疑った。
日が暮れ始めた夕刻の都市は無数の電灯に彩られ、
天空の星々はその厚かましさに恥じ入り、光を隠す。
大都市という舞台で、夜毎に浮上する天地逆しまのコムローイ。
それでも、デンゲイの卓越した受光知覚が共辰者にもたらす認識の領域野においては、
空に揚がれば、星辰の位置を、天体の在り処を、銀河の注ぎ口を巡り掴むのは、
セージにとって容易いこと、その筈だった。
無論、カノープスを探した訳ではない。コールサックや南十字を求めてはいない。
北極星を捜し、七つ星の柄杓や、双子のV字サインを見出して、
方角を、現在地を、進路を定めようとしただけだった。
それにも関わらず、俄かにポジションをフィックスできなかったのは。
ただ、あまりに空が明るく、陸が暗かっただけだ。
天上から落ちる星がずっと多く、地上を飾り立てる灯が少ないだけだ。
赫やく天は星の海。
明らむ地は熾の淵。
セージは知った。
低い空に朱を差していたものが何だったのか。
ネオンで着飾る都市が今、何によって照らされているのか。
炎。
道を、橋を、線路を。
ビルを、駅を、港を。
店を、家を、人を、
焼き、焦がし、燃やし尽くす、
数え切れない火事、火災、火難の渦。
上空から真暗に見える地面の痕は、
月の海のような、真黒いクレーター。
鳴り止まぬサイレンをかき消す、隕石の衝撃波。
救けを乞い願う電波をかき乱す、竜子場の残光。
全てが、誰の想像をも超えていた。
幾つもの竜星群を見てきた筈のセージでさえ息を呑んだ。
東京に降り注ぎ始めた竜星群は、
近年、世界のどの都市を襲ったものよりも莫大で、
例え、あの始まりの大竜星群に及ばないとしても。
そうだからといって、
天翔ける竜の遥か下方で燃え広がる惨劇を帳消しにできるものではない。
セージは知らず、アームレストを拳の底で叩いていた。
何もできないで、何をしに来たというのか。
どうして、もっと早く行動できなかったのか。
後悔したところで、それでも今は、白いデンゲイを連れて飛ぶしかなかった。
降りしきる竜星の数々を躱し、情報収集や救助の航空機に空路を譲り、
モノトーンのデンゲイ二翼は、巡行姿勢に移ることも忘れて、
天空の光と都市の闇に身を紛れ込ませるように、
赤黒い東京の夕空を南南西に向けて飛び続けた。




