第2部 Tokyo Ophionids - 28 - ①
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布良セージが共辰した時、視界は一挙に、そして色めきたって華開いた。
もちろん、厳密に言えば、それは視界ではなかった。
彼が観じる感覚世界は、竜星から孵化した岩のような推定生命体デンゲイと一体となり、この世界に降り注ぐありとあらゆる光波、光粒子を陰に日向に感受し、この惑星のジオイドに沿って揺蕩うマナの海で、その粗密と伝播の周期に観じ入る。
なればこそ、日が傾いた空を赤く染めるものは決して夕焼けではないと判じる。
空に走るのは稲光だけではない。
輝く竜星、墜ちる火球、落下する隕石。
それらの光条が上空の気象に束の間の傷を残す。
それらの轟音が人々の記憶に消えぬ傷跡を遺す。
その時が来てしまった。為すべきことは分かっていた。
それでも今は。
孵化してしまった白いデンゲイと、共辰してしまった隣の席のクラスメイト。
その前に立ちはだかる赤と青、二翼のデンゲイ。
それらにセージはメラ・デンゲイとして向き合った。
「もう一度、勧告する」
感官の集中を眼前から逸らさず、コンソールを操作して外部スピーカーをオンにする。
「パレンバン条約が定める犯罪行為は、その締約国である日本国において、対応する国内法規によって取り締まりの対象となる。今すぐデンゲイから降りて、法執行機関へ出頭するんだ。お前たちが所属する組織に対しては、これまでも国連機関UNOOが重度の懸念を」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」
校内とSNSでは有名だという三年生の声が青いデンゲイから聞こえてきた。
「条約だの法律だの、そんな下らねぇルールなんかで、このオレが止められるかよ!」
がなり立てる共辰者に急き立てられて、青いデンゲイが身震いした。
途端。
青い竜の腰元に接続された音叉のような装置が稼働した。
その二又のモジュールの間に光が集まり、段々と輝きを増していく。
それは束になっていく竜子場だった。
それは圧縮されていくマナであった。
ほどなくして、それはダムや堤防を決壊させる濁流のように撃ち出されるだろう。
「UNOOコード、スタッグ・ビートル。ユーラシア大陸の火器メーカーが開発した指向性マナ収束補助装置をお前たちR神州は保有しているのか。いや、それだけのコネクションやルートがあるとすれば、|過激派環境保護団体V.V.《ヴィクトリアズ・ヴェセル》から供与されたんだな!?」
セージが質したところで、青いデンゲイは止まらず、代わりに三年生の声がスピーカーの音響を割った。
「黙っとけよ、一般人。どっからパクッてきたのか知らねぇか、テメェごときが星に選ばれる器じゃねぇってことを、今この場で、このオレの力で"理解"らせてやるよぉ!」
三年生が吠え、青いデンゲイが猛り。
次の瞬間。
音叉のような装置からマナの奔流が撃ち出され、それは一直線に、セージが駆るメラ・デンゲイへ向けて、つまりは校舎の側へと迸った。
それは圧倒的な暴力性の塊であり、攻撃性の発露だった。
回避することは考えなかった。後ろには校舎がある。
クラスメイトや他のクラス・学年の生徒たち、それに教師たちもいた。
だからこそ、セージの竜が翳した左手には急速にマナが集積しているのだ。
「その程度のマカナーなど!」
セージは叫び、光速には及ばずとも、目にも止まらぬ速度で照射された多量マナの激流を、メラ・デンゲイの左掌は、そこに湛えたマナの障壁によって受け止めた。
烈しくせめぎ合う攻防。互いのマナが互いの興亡を賭けて、火花のような光芒を散らす。
結果として。
セージと彼のデンゲイがマナの奔流を彼方へ弾き飛ばし、いなされ、逸らされ、矛先を失った高密度の収束マナは遥か上空へと発散していった。
「弾かれた!? あれだけのマナが!?」
防がれた本人よりも、赤いデンゲイの共辰者が驚いていた。
「マナ防壁、ポリアフの寛雪だと言うんですか!?」
「どうだっていいんだよ、そんなこと。それより不良品なんじゃねぇだろうなぁコレ!」
青いデンゲイの共辰者は声を荒げた。
「コラ、転校生。テメェ何してくれてんだ、勝手に避けてんじゃねぇぞ!」
「学校に当たったらどうするつもりだ?」
セージはそう問いながら、対機特装をアクティブにした。
「知ったことかよ。一般人の雑魚どもがどうなろうが、このオレには関係ねぇだろうが。何万人もいるフォロワーの中身なんざ、いちいち憶えちゃいねぇんだよ。バカどもは黙って、このオレの数字になっときゃいいんだ。てか、テメェが避けなきゃいいだけだろうが!」
青いデンゲイの共辰者はもう取り繕うつもりもないようだった。
「デンゲイを用いた意図的な破壊活動を確認した!」
そして、三年生の啖呵に対するセージの答えは、対機特装の撃発だった。
メラ・デンゲイの右腕から一本の強靭なワイヤーが射出された。
短い下腕に対して奇妙なまでに大判な竜の上腕部に架装されたエアインテイク状の装備は、元来ドローンを捕捉するためのワイヤークローやキャプチャーネットを収めたミッションモジュールであり、たった今、圧縮蒸気によって撃ち出された現代の鉤縄は、瞬く間に青いデンゲイへと到達して、ヒトで言えば肩に相当する部分を確実に捉えた。
「なんだよ、これはぁ!?」
青いデンゲイが訝しむ共辰者に応じて身をよじり、
メラ・デンゲイは地を蹴って、あたかも彩雲の如く燦めく翼を広げ、わずかに宙へ漕ぎ出すと、地表間近のごく低空を表面効果翼機のように飛翔して、更にケーブルを巻き上げる対機特装のウインチを利用して、即座に彼我の距離を詰めた。
「て、テメェ!?」
デンゲイによるデンゲイに対する体当たり。
仕掛けたセージも、仕掛けられた相手方と同様に、竜の核珊ごと衝撃に襲われたが、怯みはしない。
初めからそのつもりで仕掛けたセージと、何が起きたのか認識もままならない三年生とで、反応速度に差が出ることは当然だった。
間髪入れず、セージはデンゲイの右手にマナを溜めて、そうして収束するマナは竜が気炎を吐くが如く、輝く一振りの光剣を形成した。
「マナ・ブレイド、マカナーの限定放出!」
赤いデンゲイの共辰者が青いデンゲイに警告を発した。
「危険です、アケル。離れてください!」
「うるせぇ、このオレに指図するな!」
青いデンゲイは身をよじって、肩に引っ掛けられた鉤爪を外したが、もう遅い。
「マカナとは!」
メラ・デンゲイが右手の光剣を振りかぶった。
「メソアメリカやカリブ海で使われた黒曜石の木剣を言う!」
デンゲイの知覚と共辰する視界に、一本の細長い装置が舞った。
セージが自身の竜と共に振るったマナの刃は、青いデンゲイの腰元にあるスタッグビートルの一本を、狙い過たずに斬り落としていた。
「こ、コイツ!?」
三年生はセージに掴みかかろうとし、青いデンゲイは黒いデンゲイから逃れようとして、その挙動はちぐはぐなものとなった。
共辰したと言っても形だけだ。互いが互いの半身というには程遠い。
だから、セージはその両者の不調和による間隙に踏み込んだ。
デンゲイを相手の懐に飛び込ませて、至近距離から右腕を撃ち込み、その掌底に集積させた圧縮マナを解放する。
爆発的な光波と衝撃、遅れて音圧が大気を揺るがした。
青いデンゲイは、破壊的な一撃に打ちのめされた。スピーカー越しに甲高い獣の鳴き声のような悲鳴の尾を曳いて、そのまま校庭の端へ向けて吹き飛ばされていた。
「ペレの憤火!? 流派南風不撓に精通している!?」
赤いデンゲイの共辰者は警戒しているのか、迂闊には動かなかった。
セージはその位置をデンゲイと共辰する知覚の内に収めながら、青いデンゲイが空中で翼を伸ばし、態勢を立て直したことを覚知した。
「残念だったなぁ。飛べるんだよ、オレはさぁ!」
三年生はスピーカーの音響を割りながら高度を上げて、勝ち誇るように見下ろしてきた。
「地べたスレスレをハエみたいに飛ぶことしかできねぇテメェと違ってな。空高く羽ばたけちまうんだよ、この成瀬アケル様はなぁ!」
共辰者はいきり立ち、青いデンゲイは急降下を開始した。
「しかも、速ぇんだぁオレはよぉ! 誰かに引っ張ってもらわきゃ速度も出せねぇような雑魚キャラとは生まれ持った才能が違ぇんだ!」
急接近する青いデンゲイが両腕を振りかぶり、マナを集めた一振りの光剣を抱え込んだ。
「マカナーだかマーカーだか知らねぇが、マナ・ブレイドはオレだって使えんだよ。デンゲイに乗るようになってまだ一か月も経ってねぇのになぁ。バカみたいな国のルールとやらで、碌に乗れなかったのによぉ!」
セージは回収したワイヤークローをカディスフライの射出機構で再度撃ち出した。
高度からの襲撃を迎え打つ一手は、しかし錐揉み回転する青いデンゲイに紙一重で回避され、あげくそのマカナーでワイヤーを叩き斬られてしまった。
「甘ぇぞ、ザコが。同じ手が二度もこのオレに通用するか!」
良い反射神経だった。確かにそれだけでは通用しない。
その一点だけはセージも相手と認識を一にしていた。
だからこそ、出鼻を挫く。
青いデンゲイが頭上にマカナーを振り下ろす直前に、メラ・デンゲイは跳躍した。
「誰も飛べないとは言っていない!」
すれ違いざま、セージは自身である黒いデンゲイの右掌に光剣を表出させ、青いデンゲイのマカナー目掛けて斬りつけ、強かに弾いた。
「なぁにぃ!?」
動転した共辰者に吊られて、青いデンゲイは反射的に防御姿勢をとった。
メラ・デンゲイはそれを軽やかにかいくぐり、相手の胴体を薙ぎ払った。
綺麗に一撃が決まったにも関わらず、青いデンゲイは、というよりその共辰者は懲りていなかった。三年生の竜は攻勢を継続しようと、空中で無理に羽ばたき、体表を覆うマナの状態を気にも留めず、強引に姿勢を復帰させた。
あげく大上段にマカナーを振りかぶり、メラ・デンゲイに打ちかかった。
あまりにもわかりやすい攻撃動作を、セージは右掌のマカナーで冷静に受け止めた。
「もう一度言う。今すぐ陸に降りて、デンゲイに付加した武装を解除するんだ」
「うるせぇって言ってんだよ。法律だのルールだの、そんな堅苦しい杓子定規のキセーガイネンなんざ、このオレには通用しねぇんだ。そんなものが必要なのは、ルール一つまともに破れねぇような、臆病な、器の小せぇ弱ぇ雑魚キャラだけなんだよ!」
「秩序ある文明社会の一員なら、法の支配に浴せ!」
黒と青、二体のデンゲイは、鍔迫り合いで刀の鎬を削る二人のサムライの如く、空中で互いのマカナーを刃噛み合わせた。
相互のマナはぶつかり合い、食い合い、半ば浸透し、それらは干渉し、反発し、相殺されて、校庭の上空に色鮮やかな火花の如き光輪を次々に咲かせては散らしていった。
「なにナメたこと言ってやがる、転校生。実力の差ってヤツを思い知らせてやるよ!」
一見すると膠着した状況に、三年生が高揚として叫んだ時、横合いから飛び込んできたのは同じく上空に揚がった赤いデンゲイだった。
「無理をしないでください、アケル。離れて!」
赤いデンゲイは、青いデンゲイと同じく両掌で抱えるように光剣を作りだし、その切っ先をメラ・デンゲイ目掛けて突き込んできた。
慌てず騒がず、セージはそれを竜の左掌に形成したマカナーの真中で受け止めた。
迫り来るマナ刃の一点を確実に捉え、押し留め、その勢いを完全に抑え込んでいた。
「ふざけんな、マカナーの二刀流とか聞いてねぇぞ!?」
三年生が叫び、赤いデンゲイの共辰者はそれにスピーカー越しに驚嘆を被せた。
「このマナ・コントロール、間違いない。国連の黒いデンゲイ。日本人の男子。噂は本当だった。まさか陸に揚がっていたなんて!」
「何を言ってやがる!?」
端から見れば、二翼がかりの相手に勝ち目などあるはずはなかった。
外形的には、黒いデンゲイが赤と青のデンゲイによる挟み撃ちに曝されているだけだ。
一般的な考え方では、包囲されている側が不利であった。
それは当然の判断だ。
しかし、現に今。
抑止されているのは二翼であり、優位に立っているのは一翼だった。




