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第2部 Tokyo Ophionids - 23

 *


 何もない、ごく普通の日々が戻ってきていた。

 ナオはあれからクラスメイトに絡まれることもなく、それは今まで以上に避けられているだけなのだろうが、静かに過ごしたいだけのナオにとっては、それで十分だった。

 もしかしたら、成瀬アケルが何か言ったのかもしれない。

 でも、あれからSNSを含め、やり取りは特にないから詳しいことは分からないし、別に興味もない。どうだっていい。

 とにかく平和な毎日でありさえすれば。

 余計なことで神経を悩ませることもなくて。

 変なことに心を乱されたり、不安な気持ちにさせられたりしないで。

 何事もなく、平穏無事な生活を送ることができれば、他に何も要らなかった。

 そういう意味では、最大の不安材料だった隣の席の転校生、布良セージも一時期に比べれば、だいぶおとなしくなっていた。

 用務員の人の手伝いが一段落したのかなんなのか、昼休みにナオのところへやって来ることもなくなって、クラスの空気もようやく少しは読めるようになってきたみたいで、言動も多少落ち着いたものになっていた。(とは言っても、相変わらず先生が言うことをいちいち訂正したり、違うことを言ったりして、険悪な雰囲気になることも多かったが、これに関しては、もうクラスの方が諦めて、いつもの風景として受け入れていた。)

 ただ、さすがの布良セージもクラスの上位グループとはもう折り合いがつかなくなってしまったらしく、お昼になると、特に地味な太田や細川なんかと、わざわざ一緒にご飯を食べたりしている様子だった。

 でも、それはナオには関係ない、布良セージが勝手に自分でやったことだ。

 そもそも布良セージがうるさくしなければ、今の時期、クラスは騒がしくならないのだ。

 中間テストの時期が近づいてきて、普段は誰かと誰かの私語が漏れ聞こえてる授業中も、ここのところはみんな黙ってノートをとるか、塾のテキストを内職しているかしている。

 いつの間にか、数ヵ月前の誤警報や、それで部活の試合が中止になったとか、中止になってしまった二年生の修学旅行や学校祭の話をする子はいなくなっていた。

 目前に迫った部活の大会、コンクール。友人、恋愛の関係。

 最近おもしろいお笑い芸人。スポーツの話題。WEBドラマの見逃せない新展開。

 それにテストの成績。受験のこと。考えることなんて他にいくらでもあった。

 誰もが、他の人が言うアオハルのイメージに自分自身を重ね合わせようと必死だった。

 ナオは黒板からもテキストからもスマホからも目を離して、退屈な授業の間、教師の目を盗んでは、特に目的もなく窓の外を眺めていた。

 クラスも席も変わらないから、何一つ代り映えのしない景色。

 灰色の高層ビル群に遮られて、海も空も、行き交う船や飛行機の姿も見えやしない。

 父が、セミナーの人たちが、R神州が言うように。

 もうすぐ全てが終わってしまうというなら。

 後に何も残らないというなら。

 今のうちに、キレイなうちに見ておくのは悪くないと思った。

 窓やスマホのディスプレイ越しに覗くだけのキレイな景色なら。

 見るだけで良いなら。

(もちろん隣の席みたいに、どことなく潮の匂いがするのはイヤだったが。)

 どうせ、どこにも行けないし、何にもなれはしないのだから。

 皆が心の底で望んでいるように、SNSでスポットライトを浴びて、キラキラと輝けるわけはないのだから。

 ナオは他の子たちとは違って、今日のこの日のことを考えていた。

 学校が終わったら、真っ直ぐ家に帰ろう。その前に少しだけスーパーに寄って晩ご飯の材料や、残り少なくなってきたティッシュペーパーだとかを買っていこう。

 街に出れば、皆がいつもと同じ時間を過ごしている。

 ナオたち高校生の悩みなんて何も知らない、無邪気な小学生たちが集団下校している。

 中学生や高校生が友達同士、数人で連れ立って歩きながら喋っている。

 ARグラスをかけた大学生たちが駅前で大きな声を出して、はしゃいでいる。

 仕事着の大人たちは常日頃からそうであるように、疲れた顔で帰り道を急いでいる。

 ありふれた、つまらない、ごくごく平凡な、普通の毎日。

 そんな日々はいつまでも続かないと頭では分かっていても、一部の大人たちがメディアの中で真面目こくって、そうは言っていても、でもその人たちがそれを実際に想像できているかと言ったらそうではないだろう。皆、一緒なのだ。

 だって、誰もそんな生活を送ったことはないから。

 そんな世界は海外にしかいないから。

 おもしろくない。何も良いことがない。誰も何もしてくれない。

 そんな代わり映えのしない文句を言いながら、それでも同じような日々がずっと続いていくと思っていた。ナオだって、クラスの子たちだって。父やセミナー、つまりR神州の人たちだって、なんだかんだ言いながら、きっとそう思っていたはずだ。

 結局、その時が来るまで全てがいつも通りだった


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