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第1部 Night Flight - 4

 *


 雲底を抜けたメラ・デンゲイがその知覚の内に島影を捉えた時、海と空を一緒くたに染める夜闇の中で、港湾を照らす数々の灯光だけがヒトの為の道標だった。

 その奥にあるであろう村落のまばらな光は島の南側へ伸びる岬には全く届いておらず、セージは山体も樹木も道もまるで区別できない暗闇に覆われた岬の上にこんもりと盛られた小山の連なり、暗雲が被さり、その陰影も定かではない丘陵地帯の向こう側に着陸地点を探さなくてはならなかった。

 ヘリポート側に最新式の光学通信設備はなく、代わりに、マナの影響で非常に頼りないことになっている短波に乗せて、気象情報を発信する観測装置があるだけのようだが、それだけでも救急コンテナを曳航している状態では僥倖と言えた。

 というのも、セージは積乱雲が島に立っているのではないかと危惧していたのだが、弱々しい無線通信がたどたどしく伝えてくれるところによれば、少なくともヘリポート付近では風はともかく、雨脚は弱まっているとのことだった。

 着陸と急患の搬入を行うなら今が好機ということになるだろう。

 そうはいっても、焦って山肌にぶつかってしまったのでは元も子もない。無論、空を飛ぶ鳥が目の前の障害物に激突してしまうことをあまり心配する必要はないのと同じように、飛翔するデンゲイが自ら小山へ突っ込んでいってしまう事態はまずもって考えられないことではあったが、それでもセージが全く周囲を警戒しなくてよいということにはならない。

 彼は意識を人間の側へ寄せて、ARプロジェクションに表示される高度計とノイズだらけの前方レーダーへ気を払いながら、ヘリポートの灯火を探していたが、そうこうするうちにデンゲイの方が先に灯りを見つけてしまって、さらにはセージが意図するよりも早く、デンゲイはそこ目掛けて降下を始めてしまった。

 フライトの目的を理解しているというよりは、暗闇に覆われた小山の中腹、それもすぐ下は海という崖の傍で、ぽつんと輝いている光を面白がっただけだろう。

 こうなってしまえば高度を下げるところはお任せではあったが、いざ着陸ともなればそうはいかない。

 セージは移入を深めて、デンゲイの降下速度を緩めさせた。

 マナが気流の影響を和らげてはくれるが、地上に近づけばウインドシアやダウンバーストに晒されないとも限らないし、いきなり崖から突風が突き上げて来ることだってあるだろう。

 そういう場合でも、セージとデンゲイだけなら何とでもなるだろうが、今は背後に救急コンテナを抱えていた。アクロバティックな空中機動をしなくてはならないような事態に陥ることだけは避けなければならなかった。

 ヘリポートの直上までやってきたところで降下地点に人や物がないことを確認しながら慎重に高度を下げつつ、セージはデンゲイを着陸態勢に入らせた。

 デンゲイが姿勢を変え、垂直降下を開始すると、それに合わせてミッションモジュール側の姿勢制御機構が対応し、救急コンテナはほとんど吊り下げ懸架の状態となった。

 セージは出来るだけ穏やかに、まず救急コンテナを着地させた。

 おそらくはケーブルを通じて、振動がかすかにデンゲイ側にも伝わってきたが、要するに着地の衝撃はその程度だった。

 発艦前にラダマが念入りにチェックさせていた緩衝機構が問題なく作動した結果だろう。

 次はセージたちの番だった。

 小山から吹き降りてくる風、つまり山岳波をデンゲイ自体で防ぐつもりで、竜の躯体をコンテナの前に降下させた。

 翼を器用に畳みつつ、七色に輝く光の鱗粉を散らし、微かな電磁波音を撒きながら、メラ・デンゲイは小さな尻尾をコンテナに当ててることなく首尾よく着地に成功した。

 有線通信で着陸行程が完了したことを伝えると、マリアたちは速やかに行動を始めた。念のため、降りて手伝うことはあるかと尋ねると「必要ない」「すぐに飛べるようにしておいてほしい」という返答がかえってきた。

 まもなく、コンテナのベイドアが開かれた。

 待ち構えていた診療所のクルマが2台、山腹を取り巻く車道から出てきてコンテナへ寄せた。それだけでなく、他にも居住者と思しき人々がレインウェアを着込んだ姿でやってきて、上空から飛来した竜を遠巻きに眺めているようだった。

 クルマからは、若い診療医が真っ先に飛び出してきた。

 いつの間にか雨雲の谷間に入っていたのか、束の間、雨が止んだ。

 生ぬるい穏やかな風が、山と崖の間のヘリポートを吹き抜けた。

 灯光が、雨の滴に濡れた真っ白なコンテナと、その表面に印字されたUNOOの四文字をつややかに照らしていた。

 その背後に佇む大きな竜の影を診療医は一時、呆然と見上げた。

「これで行くんですか?」そう言いたげだった。

 対応に現れたマリアが身振り手振りを交えて、問題ないと説明している間に、救急コンテナから冷凍ボックスが慎重に下ろされた。

 ワクチンのボックスを台車ごと受け取ったのは、遅れて出てきた年配の診療医で、もう一人と示し合うと急ぎクルマへ向かった。

 若い診療医は急患の容態を伝え、運ばれてきたストレッチャーをマリアたちに託した。患者は速やかに救急コンテナへ収容された。

 一部始終をミッションモジュールの後方カメラで見ていたセージはデンゲイにゆっくりと翼を広げさせた。

 竜に意識を移入させる前に、ARプロジェクションの隅に表示された計器情報を一瞥すると、再び風が強くなり始め、雨もまた勢いを取り戻しつつある気象状況をモニタリングしていた。

 ほどなくして、マリアたちの離陸準備が完了した。

 既にクルマは離れ、再び悪化してきた風雨の中で島の人々が不安そうにデンゲイと救急コンテナを見遣っていた。

 メラ・デンゲイはその場でマナ・エンベロープを羽織り、その翼によって地表上の竜子場を捉えて虹のように燦めく光の火花を撒きながら離陸し、浮上した。ミッションモジュールの姿勢維持機構は今回も何ら支障なく正常に作動してデンゲイの動きに追随し、ケーブルの伸縮によって救急コンテナの平衡を保ち続けた。

 山頂から吹き降ろす強風も、崖から吹き上げる突風も物ともせず、竜と積荷は星も見えない暗夜の曇り空を滑るように飛び始めた。

 手を振ってくれた島の人々も、南北に伸びる母島の全景もあっという間に遠のいていったが、ヒトの知覚や認識、思考というものはデンゲイと違って背後を見るようにはできていなかったからセージにはなんとなくとしてしか感じることはできなかったし、今は飛行に集中するべきだった。

 進むべき方位は北北西(340)

 着陸地点に指定された羽田空港まで約1000km。

 マナの安定状況にもよるが、二時間はかからない距離だった。

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