第2部 Tokyo Ophionids - 16
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授業中も転校生は変わらず転校生だった。
みんなからの評判や視線はまるで気にならないみたいに。
担任の先生に怒鳴られたばかりだというのに、全然懲りていないみたいで。
ホームルームの時間に、担任が急にニュースの話をし始めた時もそうだった。
たしか首都圏が竜星災害警戒地域に指定されたという誰も興味を持たないニュース。
「まったく、政府は今までやる気なんてなかったくせに、アメリカに言われたら、すぐに態度を変えて。天体観測をしたいってだけで、こんな大袈裟なことしたって意味ないですよ。どうしようもない。そんなことばかりやってないでね、政府はもっと高尚な文化とか芸術にお金を出すべきなんですよ。それなのに、ほんと国民を脅かすような真似ばかりして。これはね、国民に慣れさせるのが目的なんですよ。来るんだか来ないんだか分かったもんじゃない竜星群を便利な脅し文句に使って、国民が何も考えずに自分たちの言いなりになるのが当たり前の世界をつくりだそうとしてる。国民を洗脳して、アメリカや大企業の利益ばかりを優先させようとしてるんですよ。やるべきこともやらないで、どこまで私たちをバカにしてるのか」
担任のそういう話はもう何度目かも分からないくらいで、ナオを含めてクラスの誰も聞いていなかった。まともに相手をしようとする人なんて、他に誰もいかなかったし、それこそ転校生くらいのものだった。
「日本政府の動きが悪いのはその通りですが、全く何もしていないと言い切ってしまうのも正確ではないです」
転校生は先生の話の途中でいきなり立ち上がると、妙に分厚くて可愛くない軍隊みたいなタブレットを手にしながら言った。
「まず警戒地域に指定されたことで、東京の地方政府が避難計画を正式に発表しています。こんな短期間で出来るわけはないので、前々から準備されていたものだと考えられます」
「そうですよ。ずっと前から計画案とか言って、国民を脅かす目的で公表してたんですよ」
またお前か、と言わんばかりに転校生を睨みつけながら先生が吐き捨てるように言っても、転校生はまるで聞いてないみたいに喋り続けた。
「計画では竜星群が落下を始めた場合のの避難施設として、この学校も指定されていました。念のため確認してみたんですが、この学校は2年前に校舎を建て替えを行った際に、SpaceMissionPlanningAdvisoryGroupが考案した耐星建築構造規格B612に準拠した仕様になっているようです。地下シェルターもあるはずで、中長期の滞在を想定しているでしょう。本当に竜星群が降り始めたら、自分たちだけでなく、近くの避難民も受け入れることになります」
「バカバカしい。あのムダに広い地下室はね、大手建設会社を儲けさせるために、無理やり口実つくって作らせただけなんですよ。この前の、やりましたってアリバイを作るだけの避難訓練とかいう茶番劇をやるまではずっと閉鎖されてたぐらいなんですから!」
担任が声を大きくし始めたので、呼び出された時のことを思い出したナオはこわくなって目を瞑った。
「竜星落下で起こる被害のうち、少なくない割合が割れた窓ガラスによる怪我なんです。この学校の窓ガラスが耐衝撃強化ガラスになっているのか、気になって調べてみたんですが、公開資料には記載されていないみたいで、詳細を掴むことはできませんでした。もし知っている人がいたら典拠と併せて教えてください。いずれにせよ、いざという時はすぐに窓から離れた方が賢明です。それでも、この学校は他の建物よりはずっと安全ですから、その点は安心できます」
「そんなことはどうでもいいんですよ。それよりもっと大事なのは、日本がアメリカやNATOと一緒になって、天体観測や宇宙開発を進めようとしていることなんですよ。竜星群を自分たちに都合良く言い訳にしてね!」
「今、手許にある資料は国連防災機関が発展途上国で配布しているものなんですが、竜星群が降り始めた時は先進国だろうと途上国だろうと関係なく当て嵌まることですから読み上げます。竜星群の落下に気づいたり、警報が鳴った時には、建物でも物陰でもなんでもいいですから、すぐに身を隠せる場所に避難してください。地下室や地下駐車場などがあれば、そこでもいいです。そういったものが近くにない場合は、何かの物陰に身を伏せるか、その場に伏せて頭を守って。屋内にいる時は窓から離れてください」
「ムダですよ、竜星群なんて降って来たら人間なんかが敵うわけない。相手は自然、宇宙なんですよ、隕石なんです。人間なんかよりずっと強いんだ。自分より強い相手には逃げるか従うかのどっちかなんですよ。変に意固地になって戦ったりなんかしちゃダメ。そんなんじゃ傷つく人が増えるばかりで、私たち国民が損をするだけで、全然ダメ。それこそ他人に犠牲を強いて、自分たちだけ得をしようとしてる権力者たちの思うつぼなんですよ!」
「日本は地震災害が多い国だと聞いています。学校にいる間は、竜星群の対応と地震の対応はほぼ同じだと思ってもらっても構いません。警報や通知メールに気づいたら、窓から離れて頭や体を守るところは一緒です。ただし、衝撃は下からじゃなくて横や上から来ます。もし建物が崩壊しても瓦礫の間に挟まって助かった実例はあります。十分な警戒はしても、それはそれとして楽観的な考え方を捨てる必要はありません」
「そんなことを言うのはね、政府に洗脳されてるからなんだ!」
「重要なことは正しく恐れることです。知らないから人は恐れ、それがパニックに繋がり、良くない結果を招きます。竜星群やデンゲイのことだって、適切な手法でリサーチされた信頼できる調査結果を知っていれば、必要以上に怖がることはないと理解できるはずです」
「テレビでもSNSでも、アメリカの言いなりになった政府が情報操作してるんだよ。そんなものにあっさり引っかかって、本当に嘆かわしい!」
思っていたのと様子が違っていることにナオは気がついた。
目を瞑ったままでも、転校生と担任の先生が口論をしているわけではないと分かった。
というより、そもそも対話なんてしていなかった。
もっと言えば、会話にすらなっていなかった。
教室のどこかから小さな笑い声が漏れ聞こえてきて、ナオはそっと目を開けた。
\たぶん、太田と細川というクラスでも特に地味で陰気なキャラの二人が笑っているみたいだった。
「本当に竜星群が降って来るとしても、別の土地へ、国外へ逃げれば良いという人もいます。それが間違いだと言うつもりはありません。でも、文化や習慣、言葉や食べ物が違う環境で生活していくことは考えている以上にストレスを感じますし、何より自分が生まれ育った土地で生きていきたい、という人たちがいることは理解できます。自分だって、好きでこれまでの人生の大半を海の上で過ごしてきたわけじゃありません」
「人間が自然に対する畏敬の念を忘れたこと、それが全ての原因なんですよ。真心を込めて当たらないように祈っていれば竜星群は当たらない。自分たちのことしか考えてない、汚い心の持ち主たちに振り下ろされた鉄槌。竜星群は天罰なんですよ!」
転校生と担任は立ったまま、それぞれ勝手に言いたいことを言っていた。
でも、それがかえって、おじいちゃんやおばあちゃんの家に行った時にいつも点いてるテレビでやっているワイドショーみたいで、きっと太田と細川の笑い声に吊られたこともあったのだと思う、いつの間にかクラスのみんなも笑い始めていた。
担任は案の定、露骨に不機嫌になって「みなさん笑ってないで、ちゃんと真剣に考えてくださいよ。悪い権力者たちはね、いつも純粋な子供たちを利用しようとしてるんですから!」と声高に叫んだが、その様が本当にコメンテーターみたいで、クラスメイトたちは余計に大笑いしてしまった。
転校生も自分が笑い声の只中にいると知って困惑した顔になっていたが、「そうです。困難な時こそ笑いは重要です。ユーモアやジョークは心理的な余裕を生み、それが良い判断に繋がります」という良く分からない呼びかけをして、またみんなの笑いを誘っていた。
ナオは少しだけクラスの雰囲気に引きずられそうになりながら、担任の話がセミナーの考え方に似ていたことに気を取られていた。
もしかしたら、父の言うとおり、教団の教えが徐々に世の中へ浸透しているのかもしれない。みんなずっと白い眼で見て来たくせに、竜のお星さまが近づいてきたら簡単に言うことを変えてしまって、何もかも薄っぺらだった。
変わらないのは悪い意味で転校生だけだ。
チャイムが鳴ると、担任の先生は憤然として教室を出て行った。
結果的に一人で立ったままになった転校生はリングに残った勝者みたいな雰囲気になって、なぜか太田と細川が拍手をし始めて、それにクラスメイトたちも〝悪ノリ〟して口笛を吹いたりしたから、形だけは転校生の健闘をみんなで讃える流れになってしまって、気分が悪かった。
転校生も転校生で、訝し気な表情を見せつつも、海外のアスリートみたいに手を挙げて英語でお礼を言ったりして、それがまたクラスの失笑を誘った。
ナオは視界の隅から転校生を外して、目線を落とした。
スマホに通知が来ていた。
「お前のクラスに転校生がいるな?」
「国連のスパイが入り込んでるかもしれないって話は聞いてるな」
「昼休み、時間空けてやる。要点まとめておけ」
ナオはSNSのアプリをそっと落とした。




