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第2部 Tokyo Ophionids - 14

 *


 深夜。

 ナオはリビングのソファに一人腰かけ、タブレットで動画を見ていた。

 父はまだ出張の疲れがとれないらしく、仕事の続きをある程度進めたところで寝室に引き上げていった。ナオも父に合わせて「おやすみ」を互いに言ってから、自室のベッドにもぐりこんだが、まるで眠れず、結局リビングへ戻ってきてしまった。

 何も考えたくなくて、はじめはいつも見ているイヌやネコを飼っている人の動画を見ていた。それからリコメンドされた海外の少し変わった、けれど可愛らしい動物たちの動画を見た。だんだん見たことのない動画がなくなってきて、だからといって気持ち悪い爬虫類やカエル、それにムシの動画なんてゼッタイに見たくなかったから、そういうものは全部非表示にして、仕方なく再生済みの動画を見ることにした。

 特にお気に入りだったウサギとプレーリードッグ、それとキツネの動画も見てしまって、そうすると、いよいよ見るものがなくなってしまってリビングから音が消えた。

 ナオはふと、晩ご飯の後に父が言った言葉を思い出した。

「ナオには是非、竜のお星さまの巫女になってほしいんだ。そろそろ真剣に考えておいてほしい。もう時間はあまり残されていないから」

 それは、あの三年生のように、ナオにも星の竜、一般的な言い方ではデンゲイの共辰者になってほしい、という意味だった。

 成瀬アケルが「成功した」というメッセージを送って来た時、ナオにはそれが本当のことだとは信じられなかった。デンゲイが放つ竜子場を恐れて、その受け入れに反対している人はいくらでもいて、テレビにも良く出ているらしい。それなのに、デンゲイの共辰者になって平然と学校に通うことなんてできるのだろうか。

 でも、メッセージのことを知らないはずの父が同じように言うなら、それはやはり本当のことなのだろう。ただ、言われているような話とは違って、成瀬アケルに以前と変わった様子はほとんどなかったと思う。少し言動が荒々しくなっていたが、それはあの時、転校生が一緒にいたからだと思う。

 ただ、気がかりなのはもう一つ。

 父が話してくれた大事な用件というのは、他にもう一つあった。

「今、日本に国連の船が来てるんだよ。船って言ってもフツーの船じゃない。みんなが一度は、もうそんな畏れ多いことは止めようって止めたはずの天体観測をまたやろうとしたり、それどころか竜のお星さまを危険だ、災害だ、なんて言って迎撃するって建前で作った船なんだけど、そんなの全部ウソだらけだって、お父さんたちにはわかってるんだ」

 なんていったってサロンの人たちは真実に目覚めた人たちだからね。

 父は自信満々に続ける姿がナオの瞼に浮かんだ。

 世界政府がそうやって言い訳しながら、世界中の人々から搾り上げた税金を使って、本当は何してるんだと思う?

 もうすぐ世界は滅ぶって知った金持ちの権力者たちはね、自分たちだけ助かるために方舟をつくったんだ。それがあの船なんだよ。

 あの船には、遺伝子組み換えの工場があって、地球上のありとあらゆる場所から集められた希少な動物たちが監禁されている。

 でも、権力者たちの欲望は留まることを知らない。

 あの船には星の竜も載せられてるんだよ。

 地球の動物だけじゃなくて足りなくて、外の世界からやって来たお星さまの御使いまで捕えられてるんだ。許せないよね。

 でも、おかしいよね。

「日本は星の竜を受け容れないってことにしたはずなのに。そう言って、十数年前にも一度だけ、この国へやってきてくれたお星さまの御使いを追い出したはずなのに」

 ナオは小さかったから憶えてないだろうけど、そう、共辰者になったのもちょうどナオと同じ年齢の男の子だったはずだよ。お父さん、そこは気になって良く憶えてるんだ。

 あの時は、貴い御使いと、星に選べられた子どもが政府に管理されるなんて、最悪だったからね。とにかく国外へ出てもらった方がいいと思って、避難してもらったんだよ。

 デンゲイの受け入れに断固反対、ってね。

 でも、結局、世界政府は下部組織である国連を使って、星の竜も、共辰者の子も捕まえてしまったんだね。そうやって日本政府は都合の悪いことを全部隠して、星の竜を国内に運び込んでいる。これが国民への裏切り行為じゃなくて何なんだろうね。

 政府は国民に黙ってめちゃくちゃなことをやってるんだよ。

「それでね、ナオ。最近、ナオの学校に転校してきた男の子なんて、いないかな。あの、わざとらしい誤報があってから、転校していく子は結構いたと思うけど、逆に今の時期に東京の学校へ転校してくる子なんてかなり珍しいと思うんだ。ナオのお友達にそういう子はいなかった?」

 父にやさしく問われたナオは思わず呆然としてしまった。

 転校生。このタイミングでナオの学校にやって来た、あの帰国子女。

 考えてみれば、確かにおかしい。

 でも。

 気づいたら、ナオはふるふると首を横に振っていた。

 あの転校生と友達だなんて思われたくなかったし、それに知っていると答えてしまったら転校生と一緒に担任の先生に呼び出されて怒られたなんて話もしなくてはいけなくなってしまいそうだったし、そしたらナオがいつも昼休みは一人でいることだってバレてしまうかもしれなかったから。

 ナオは本当のことを言えなかった。

 でも、父はそれを疑おうともしなかった。

「わかった、ありがとう、ナオ。その共辰者の子はね、国連に、実態は世界政府なんだけどね、とにかく悪い権力者たちに騙されて、洗脳されてると思うんだ。お父さんたちは、とにかく星の竜も、その子も救ってあげたいんだよ」

 もしかしたら、父はただ自分が話し続けたいだけだったのかもしれない。

 父は最後にもう一度だけ、ナオにやさしい笑顔をつくって見せてから立ち上がった。

 まだサロンの仕事が残っているのだろう。

「他の学校の話でもいいから何か聞いたら教えてね」

 いそいそと自室へ引き上げていく父の背中を見ながら、ナオは後ろめたさを感じた。

 でも、それはきっと嘘ではないはずだった。

 まさか、そんな偶然があるはずなかった。

 あの転校生がデンゲイの共辰者だなんて、そんなの出来すぎている。

 成瀬アケルに続いて、周囲に二人も共辰者がいるとはさすがに信じられない。

 でも寝る前にそんな話を聞いてしまったら。

 共辰者になるとは、どういうことだろう。共辰者になってしまっても、今と変わらずにいられるのだろうか。学校に行って、また家に帰れるのだろうか。

 成瀬アケルは一見そうできているように見える。でも、転校生はみんなとは違っている。

 それを考えると、ナオの頭の中はぐちゃぐちゃになってくる。

 眠れなくなったのはそのせいだ。

 やがて、ナオはずっと見る気になれなかった動画を開いた。

 以前から父には何度も勧められていた動画だった。

 お手伝いに行った時、セミナーの人たちからも視聴を勧められていて、デンゲイの共辰者になった人たちへのインタビューをまとめたドキュメンタリー映像ということだった。

 暗いリビングでナオは一人、「再生」を示すアイコンに小刻みに震える指先を伸ばした。

 まるで、何が入っているかも分からない箱を開けてしまったような気分だった。

 動画は淡い光と、白い歯を見せて笑う人々、それに神秘的なBGMに満ちていた。

 竜の星に選ばれた幸運な人々がいる、と動画のテロップは語った。

 マイクを向けられた人々はみな笑顔で、毎日が幸せだと言う。

 星の竜、つまりデンゲイとの出会いは自分の人生を良い意味で大きく変えてくれました。

 信頼できる、理解のある周囲の人々からは独り言が多くなったと言われます。

 でも、それは本当は独り言じゃなくて、もう一人の自分との対話なんです。

 地球だけでなく、宇宙の星々と繋がっている、もう一人の自分。

 デンゲイとは、より高次元の精神ステージにいる未来の自分そのものなんです。

 共辰者だという人は終始笑顔でそう言った。

 少なくとも画面の下に表示されるテロップにはそう書いてあった。

 普通の人には奇妙に見えると思います。

 でも、共辰者になったらきっと分かるはず。

 そのことの意味が。選ばれた人になるという幸運が。

 それだけじゃない。地球人類が皆、共辰者になれば世界は大きく変わります。

 皆がお互いに分かり合える、平和でやさしい人たちだけの世界に生まれ変わる。

 世界の共辰者は今、各国の政府に監視されていて、自由な活動を制限されています。

 お金儲けのために地球の至るところで戦争を煽り、環境破壊を続ける軍事産業(テロップにはそう書いてあった。)、それを陰から操る巨大資本。

 政治家たちが共辰者の連帯を妨害し、共辰者に本来の使命を、この星の未来を導くという偉大な使命、真に正しくキレイな心を持った人々を宇宙へ導くという素晴らしい使命を果たさせないようにしているのです。

 どうか私たち共辰者に支援を。

 それが、世界平和と環境保護のために今もっとも必要なもので、近道でもあります。

 動画の最後は、恵まれない状況に置かれた途上国の共辰者たちに支援を訴える内容になっていた。それから間もなく、二つのVを象ったロゴが大きく表示されて、この動画がVVの制作であることを示してからシークバーは右端に終止した。

 動画の再生が終わってから、ナオは呆然とソファに身を預けていた。

 父が最近よく話すVictrious Vesselという組織はたしかに有名で、SNSのトレンドやニュースフィードにも良く上がって来ていた。

 なんでも、竜星群が降り始めた後の世界で一番最初に人々の連帯と環境保護を訴えた女性を中心に出来た組織だそうで、デンゲイが認知されてからは共辰者の支援も積極的に行っている、今もっとも注目されている活動団体ということだった。

 フィリピンへ出張する直前、父も言っていた。

「欧米のセレブもそれこそ競争でもするみたいにこぞってVVに出資してるんだ。というより、たくさん出資してプレミアランクの会員になることがもうステータスになってるんだって。ちょっと前にSNSですっごいシェアされてたあのハリウッド映画に出演した俳優さんもプレス発表会でダイヤモンドランクのバッジをつけてたって話題になってたしね。企業だってスポンサードすること自体がCSRになるってことで、お金だけじゃなくて自社の製品を直接提供することでブランド価値を高めようとしてるんだ」

 そういうところと〝コラボ〟することができたのだから、父が喜ぶ理由も良く分かる。

 ナオだって、父が嬉しそうに話す姿を見るのは嬉しい。

 でも。

「日本には共辰者なんて全然いないけど、海外に行ったらそういう人たちはたくさんいるし、それが普通なんだ。だから、ナオも竜のお星さまの巫女になることを不安がる必要なんてないよ。今はね、政治家たちがめちゃくちゃやって、お先真っ暗な世の中だから。そういう時代だからこそ、セミナーの人たちは、ナオみたいな若い子がお父さんたちをもっと明るい光の世界へ導いてくれるって信じてるんだ。この国は才能と未来がある子たちには閉鎖的すぎるよ。そういう意味でも海外とつながりを持つってすごく大事なことだし、国際社会ではVVの人たちが言っているように星の竜の共辰者であることはステータスになる。自分自身のブランドになるんだよ」

 そんな風に言われても、ナオには自分が他の人々を導くなんて出来るとは思えなかった。

 海外の人とつながりを持つなんて言われても、帰国子女の転校生だって苦手なのに、外国の人とうまくやっていけるはずなかった。

 できるはずのないことをやれと言われても、ナオにはどうしようもなかった。

 それなのに、父はこの家を出て、海外へ行くみたいなことを言っていて、そうなってしまったらナオはどこにも居てもいい場所がなくなってしまう。

 もう、どうしようもなくて。どうしたらいいか分からなくて。どうにもできなくて。

 ナオは一人、真夜中のリビングで泣いた。

 竜星群が本当に来るというのなら。

 いっそのこと。

 中途半端にしないで、全部終わらせてほしい。

 世界の全てをなくしてしまってほしい、と。

 ナオはそう願った。


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