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第2部 Tokyo Ophionids - 13 - ③

 ややあって、ようやく笑いが収まってきたところで、アイノは少々いたずらっぽい顔つきでこう切り出した。

「ところで、さっきから肝心な話が聞けてないようだけど」

「学校の話? なら、もうしたよ。他に言うようなことはないと思うけど。授業だって知っているような内容ばかりだったし、あとは日本語の細かな俗語表現(スラング)くらいかな。早口だと何言ってるのか分からない時がある。それと、英語の授業は、なんていうかラテン語の授業みたいだった」

「セージ、今回の通学任務、もう一つの目的を忘れたわけじゃないでしょ?」

 あぁ、とセージはアイノが言わんとすることを察した。

「例の、なんとかっていう竜星カルトの信者の子がいるって話ね」

「そう、それよ。一番大事なことじゃない。女の子なんでしょ。どんな子なの?」

 気のせいかアイノはいつになく目を輝かせている。

 セージは妙な好奇心に眉をひそめながらも、訊かれたことには一応答えた。

「どんなって、なんていうか、ちょっと変わった子だよ。あんまり他のクラスメイトとも積極的に交流してないみたいだしね。最初は状況が良く見えてなかったから、様子を見ようと思って話しかけてみたんだ。鳥に餌をあげてたからさ、自然界の動植物や生態系に関心があるのかと思って、色々話題を提供してみたんだけど全然乗ってこなかった」

「どんな話をしたの?」

「安易に野生動物へ餌を与えると、お互いにとって不幸な事故につながりかねないとか」

「本当に、そんなことを言ったの?」

「そうだよ。それこそ大事なポイントじゃないか。どの動物学者だって言ってるよ」

 アイノは何故か呆れたように肩をすくめた。

 何かを言いたいのだろうが、何を言いたいのかまでは良く分からなかったので、セージは構わず話を続けた。

「たぶん警戒されてたんじゃないかな。すぐには気づけなかったけど、あの子がいつも一人でいるのは、単に本人が社交的じゃないからっていう理由だけじゃなくて、そもそも周りからも避けられてるからなんだと思う。カルトの関係者だってこともクラスどころか学校中に知れ渡ってて公然の秘密(オープンシークレット)って状態らしいし」

「それは例のギュウドン仲間から得た情報?」

 セージは神妙に頷いてみせた。

「あまり仲良くしない方が良い、って警告されたよ。本人たちは親切のつもりなんだろうけどね。でも、あんまり良い気分はしないな。別に竜星カルトの肩を持つわけじゃないけどさ。ただ、おかげでわかったこともあるんだ。わざわざそんなことを言ってくるってことは、イジメ(ブゥリング)みたいなものが明示的(デノテーション)にせよ、黙示的(コノテーション)にせよ、あるってことだろ。まぁ、なんとなく分かるよ。どこに行っても、いつになっても、そういうのって良くある話だからね。オレだって覚えがないわけじゃないし。だから、あの子もオレが色々話しかけたって、わざと気づかない振りをして、隙を見せないようにするしかなかったんじゃないかな」

「そう、そういう状況なの」

 同情してしまったのか、アイノが表情を曇らせたので、セージは努めて明るく言った。

「そんなに悲観的にならなくてもいいと思うよ。あの子に色々訊いてみようとしたら、いきなり上級生の男子が出て来たことがあってね。誰なんだろうと思って、後で他の人にそれとなく訊いてみたら、校内ではかなりの有名人らしくて。顔が良くて、勉強もできて、それに背も高くて? 学校を代表して交換留学に行ってたんだってさ。マニラに研修で行ってたみたいなことも言ってたかな。ちょっと意外な取り合わせだったけど、あの子にも校内に味方はいるみたいだよ」

「ボーイフレンドなの?」

「どうだろう。確かにタイミングが良すぎだったし、裏でやり取りしてる風だったから、その線もないわけじゃないないだろうけど、ちょっと違う雰囲気だったかな」

「そんなこと、セージにわかるの?」

「わかるよ、それくらい」

 半信半疑のアイノにセージは鼻を鳴らした。

「結局、出てきたのはその一回だけだったからね。交際してるなら、もう少し仲良くするんじゃないかな。でも、そうじゃないんだから、たぶんあの二人の接点はあまり公にできるものじゃない、と考えるのが妥当だよ。むしろ、口走ったマニラって単語が気になってるんだ。あの時期にマニラって言ったら、例のカルト団体とVVが接触したことしか思い浮かばないしね。推論だけど、あの上級生はカルト団体の関係者なんじゃないかな。それで、あの子は幹部の娘なんだから、分かったような気がするよ」

「どうかしら?」

 ニヤニヤしながら首を傾げるアイノにセージはこれ見よがしに溜め息をついてみせた。

 アイノはWEBドラマの見過ぎなのだ。

「あのさぁ」

「分かってるわ。とにかく変わってるんでしょ、その子は」

「まぁ、一般的にはそう言えると思うよ。でも、変わってるなんて言ったら、だいたい、あの学校の人たち皆変わってるけどね。自分たちのすぐ近くに植えてある樹が枯れてるのに誰も何も言わないし、何もしないんだ」

「誰でも身近なことには案外気づかないものよ」

「そうかな。あれだけ露骨な変化なのに。そうだ、そういえば、あの担任の教師も、オレとあの子を呼びつけて何を言い出すのかと思いきや、いきなり他の人と違うのは竜子場の影響を受けてるからだとかなんとか言い出し始めてさ。最悪だったよ。今時そんな偏見、というかデマを真に受けてる人間が本当にいるとは思わなかった。こっちはてっきりレポートの件かと思って喜んで行ったのに」

「レポートって、あのイチョウの葉が黄変していることについての一省察っていう?」

「そう、それだよ。アイノも読んでくれたの?」

「えぇ、テルミに目を通しておいてくれって言われたけど」

「それなら、話は早いや」

 セージは椅子に掛け直すと、期待を込めてアイノの目を見た。

「レポートの最後に書いた提言を国連から、というか国連竜星群機関(UNOO)として学校側へ言ってもらえないかな。学校で植栽の管理を担当している人がたまにしか来れないみたいで、緑園どころか学校全体のメンテナンスが遅れてるらしいんだよね。担任も自分の仕事以外は全く興味ないみたいだったし、埒が明かないよ。このままじゃ、あのイチョウは枯れるだけだ。手遅れになる前に、多少強引でも手を打たないと」

 アイノはセージから目を逸らすことはしなかった。ただ溜め息とは違った、何か踏ん切りをつけるような息を吐くと、いつもの親密な雰囲気とは異なる、少々改まった態度でセージに言葉をかけた。

「セージ、それは私も考えてみたけどダメよ。受け入れられないわ」

「なんでだよ。テルミだっていつも似たようなことやってるじゃないか!」

 セージは思わず立ち上がりかけてしまったが、アイノは首を横に振るだけだった。

「なら訊くけど、あなたはテルミみたいになりたいの?」

「いや、そういうのじゃなくてさ」

 ぞんざいに腰を下ろしたセージは頬杖をついて明後日の方角を向いた。

「あなたが言っていることは明白な越権行為(オーバーライド)よ。UNOPはあくまで竜星群に対応するための国際機関なんだから教育の問題や緑地の保全は管轄外。そもそも国連が、ある国の地方政府に向かって直接、教育機関の運営方針について口出しするなんてことあると思う? 国連はあくまで国際機関よ。対応部局(カウンターパート)は国の政府であって、地方政府ではありえない。頭の良いあなたなら、少し考えただけでも分かるはずだけど」

「じゃあ、どうしたらいいのさ。前にテルミがやったみたいに、地方政府のお偉いさんに手土産でも持ってったらいいの?」

「セージ」

 嗜めるアイノの声が厳しいものになるのを察して、セージは言葉を和らげた。

「だって、原因も改善策も分かってるんだよ。本当に、後は実行するだけなんだ」

 セージが尚も訴えると、アイノはもう一度息を吐いてから、わずかに態度を崩した。

「テルミが私にも見ておいてくれって言った理由がわかってきたわ。テルミはあのレポートのことを褒めてたのよ。自分で身の回りの問題に気づいて、自主的にリサーチを進めて、原因を推察し、改善策を提言する。表現や考察にまだ未熟な部分はあるけど上出来だ、って。きっと今まで出会ってきた色んな分野の研究者たちから良いところを吸収してきたんでしょうって言い方もしてた。私は専門外だったけれど、だからこそとても興味深くレポートを読ませてもらったわ。まさか、こんなにも早く、あなたから何かを教わる機会が来るなんてね。すごいわ、セージ」

「なんだよ、急に。そんなに大したものじゃないだろ」

 セージは背筋にかゆいものを覚えて、身もだえした。

 だいたい、テルミからそんなことを言われたことは今まで一度たりとも無かった。

「謙遜する必要はないわ。実際、あなたは良いリサーチをしたんだから。そのこと自体は評価されて然るべきよ。でも、だからといって、正当な手続きを無視して、立場や人間関係を利用した不当な手段を用いて良い、ということにはならないでしょう?」

「なんだ。褒めたと思ったら、お説教の前座だったってこと?」

 セージは肩透かしを食らった気分になったが、おかしいと言えば明らかにおかしかったので、むしろ納得できてしまった。

「いい、セージ? あなたは自分の力で自身のデンゲイを宥めて、故郷の同年代の子たちが通う普通の学校に通ってるのよ。イヤな教師がいたって問題なく、友達をつくって上手くやっていけてるし、学校の植物が抱えている問題だって、あなた自身の才覚と努力で明らかにして見せた」

「それくらい、やろうと思えば誰だってできることだよ」

「いいえ。誰だって出来ているように見えることは、セージ、だからといって簡単なこととは限らないわ。こんなことはあまり言いたくないけど、共辰者の子なら余計にね。世界にはまだまだデンゲイと共辰してしまった人々を学校どころか社会から引き離しているところはいくらでもあるの。だから、あなたが、テルミや私とも関係なく、もちろん国連とも関係なく、あなた自身の力と意志でやっていけている。それはとても重要な意味をもつのよ。それなのに、あなたの言うとおりにしてしまったら、折角ここまで、あなた自身の工夫と努力でやってきたことの全部が水の泡になってしまうじゃない。自分自身の実績に自分で傷をつける必要なんて、日本式の言い方をするなら、モッタイナイでしょ」

「でも、テルミはさ」

「テルミだっていつも強引なやり方をしてるわけじゃないの。きちんと正規の手続きを踏んで、正当な手段で掛け合って、複数の方面から話を回して、何度試してみてもダメで、それでもどうしても通さなくちゃいけないという時に限って、初めて手段を選ばないことを考えるんだから」

「結局、同じ結果になるんだったら早い方がいいよ。その間、皆が苦しい思いをするんだったら尚更じゃないか。初めから思い切ってやっちゃった方が絶対に良いって」

「分かりやすい極端な変化に飛びつくのはお薦めしないわ。SNS映えするのはそうなんでしょうけど、そういうのに飛びついてくるのはその場だけ知ったかぶりするような野次馬でしかないんだから。次の話題ができたら、すぐに忘れてしまうような人たちよ。そんな人たちに向けて、いくらアピールしたって世の中は良い方向には変わらない。世界を本当に変えていきたいと思うなら、結局、地道な努力を続けていくしかないの。あなたは頭が良いんだから、少し考えればちゃんと分かるはずよ」


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