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第2部 Tokyo Ophionids - 12 - ②

 父はあからさまに声を弾ませて言った。

「今回のマニラ行きは単にVVの人たちと会うというだけじゃなくて、実はもう一つ、大事な目的があったんだ。セミナーが選抜した将来有望な十代の子たちを竜のお星さまに巡り会わせるという大切な目的がね。成瀬君はセミナーに入ってるわけじゃなかったんだけど、他の子から話を聞いて関心を持ってくれたみたいでね。本当はいけないことなんだけど、彼みたいな十代の子に訴求力のあるインフルエンサーは貴重だからね。思い切って来てもらったんだけど、それは正解だったよ。VVの人たちはこう言ったんだ。誰でも竜のお星さまに会えるわけじゃないって。竜のお星さまに出会う資格を持つ者は試練を乗り越えられるだけの優秀で、純粋な心を持つ子だけなんだね。それで、VVの人たちはみんなをミンダナオ島の密林で篩にかけたんだ。心配だったんだけどね。でも、成瀬君はたった一人、試練に最後まで残った。スゴいだろう。それで、お父さん、VVの人に聞いたんだ。彼はいつ竜のお星さまに会えるんですかって。そしたら、なんて言ったと思う?」

 ナオは話の半分も聞いていられなかったので、何も分からない風に首を横に振った。

 すると、父は満足げに頷いてから、コーヒーを一口飲んで、続きを言った。

「なんと、これから今すぐに、って言うんだ。VVの人たちは危険も顧みず、政府の監視の目をかいくぐって、竜のお星さまを保護してたんだよ。ジャングルの奥地にね。確かにあんなところなら政府の目だって届かないだろうしね。それにしても、さすがVV。海外からの評価が高い理由が良くわかったよ。それで、成瀬君なんだけどね」

 父はそこで、もう一度言葉を切ってナオの反応を伺っていたので、彼女はなんとか興味ある風に装わなければならなかった。

「彼は成功したよ。一発でね。竜のお星さまに選ばれたんだ。お父さんもイニシエーションの全ては見せてもらえなかったし、政府やマスメディアがデンゲイって呼んでるあの星の竜も見られなかったんだけど、それでも近くにいるだけで本当に神秘的な体験だったんだ。真夜中なのに、その時だけ夜明けみたいに明るくなってね。お父さんはその時、確信したよ。セミナーは間違ってなかった。自分たちが考えて来たこと、やってきたことは正しかったんだ、ってね。成瀬君が戻って来た時、竜の共辰者になるってどんな気分なのか聞いてみたんだけど、ほとんど同じことを言ってたからお父さん嬉しくなっちゃった。あんなに楽しい気分になったのは久々だった。それもこれもナオのおかげだよ。ナオにもきっとすぐにわかってもらえるんじゃないかな。前に、VVの人たちがつくった共辰者の人たちのドキュメンタリー動画があるっておしえたと思うけど、もう見てくれたかな?」

 父はいつになく饒舌で、頬を紅潮させて、本当に喜んでいることが傍から見ているだけでもありありと伝わって来た。父のそういう姿を見るのは本当に久し振りのことだった。

 ナオが高校に入学した時も父は喜んでくれていたが、その時は無理をして喜ぶ姿を見せてくれていることが当のナオにもわかってしまうくらいだったから、父が元気を取り戻してくれていることはナオにとっても嬉しいことだった。

 だから、ナオは話の腰を折りたくなくて、問いかけに対しても曖昧に微笑んでみせた。

 父も「本当に良い動画だから今度時間があったら是非見てみてね」とだけ言って、それ以上は要求しなかった。その代わり、ナオにここまでの話は他言無用と念を押した。

「今の話は全部、学校では内緒にしてね。仲の良い友達にも話さないでほしいな。どこから話が漏れて、政府に気づかれてしまうかも分からないからね。なんでそんな風に言うかっていうとね、成瀬君がもう日本へ帰って来て、学校にも通ってるのは知ってるよね。実は、それに合わせてVVの人たちは成瀬君と共辰した星の竜をひそかに日本国内へ運び込んでるんだよ。わざわざ専用のクルーザーまで用意してくれてね。そこまでしてくれるのもスゴいし、実際にできちゃうってところもまたスゴい。VVみたいな団体は世界中どこを探してもないだろうね。そんな団体と、お父さんたちのセミナーが提携できたのはこれ以上ないくらい幸運なことだよ。教祖様も、じゃなかったセミナーのリーダーも、正しい使い方をする時はお金を惜しんではいけない、って言ってるしね。お父さんもその考え方には賛成なんだ。お父さんは本当に良い場所に恵まれたよ。これもきっと竜のお星さまの導きなんだろうね。とにかく、そういうことだから、どれだけ仲の良い友達でも、成瀬君のことは話さないようにね」

 父は、ナオに学校の友達がたくさんいると思っていた。

 ナオが前にそう言ったからだ。

 でも、今更そんな心配はしなくても大丈夫とは言えなかった。

「本当は、感性がみずみずしくて心が純粋な若い子たちの方が、古い考え方に凝り固まって魂が汚れてしまった大人たちなんかよりも、ずっとセミナーの考え方を理解してくれるんじゃないかってお父さんは思ってるから、ナオの学校の子たちにも、もっと積極的にセミナーのことを知って欲しいんだけどね。でも、今は時期が時期だから難しいね」

 残念そうな顔をする父に、友達なんていないと言えるはずはなかった。

 そんなことで父に余計な負担をかけたくはなかった。

 ナオの言葉を信じ込んでいる父はもっと別のことに心を痛めていた。

「お父さんね、VVの人たちや、セミナーの人たちといっぱい話し合って、もうすぐ竜のお星さまは東京へやってくるって分かったんだ。でも、ナオは心配しなくても大丈夫だよ。竜のお星さまは心がきれいな人たちには何もしないからね。ナオやお父さん、それにセミナーやVVの人たちは政府の洗脳から目覚めて、純粋な魂を取り戻しているから何の心配もいらないよ。でも、あんなことがなければ、もっと多くの人に目覚めてもらって、犠牲者を一人でも減らすことができるのに」

 父はコーヒーカップを一息にあおった。母が知らない男の人を連れて来て、お酒のグラスでそうしていたように。

 見ていられず、ナオはコーヒーを淹れ直そうとしたが引き止められてしまった。

 父は何かを吐き出すように喋り続けた。

「政府に支配されてるメディアは『竜星群は人類社会に激甚の被害をもたらす災害だ』なんて言って人々の不安を煽ってる。この間のアラートだって本当にひどい茶番だった。政府は誤報だなんて言って誤魔化そうとしてたけど、あんなのウソに決まってる。やらせてるんだよ、間違いなく。竜星群は危険だ、共辰者になるぞ、近づくな、国民は自衛しろ。そんなことばかり言って、人々をこわがらせて、不安にさせて、そこにつけこんで自分たちの言うことをきかせて、竜のお星さまを攻撃する兵器だって買わせようとしてる。全部お金儲けのためにね。でも、真実はそうじゃない。そして、お父さんたちは真実に気づいてるんだ。竜のお星さまはね、科学技術なんかに溺れて、自分たちの利益ばかりを考えるようになった悪い人たちに裁きを与えて、汚れのない心を持った純粋な人たちを目覚めさせるためのやさしい導きの光なんだ。勉強ばっかりしていて、人の心がわからなくなった人たちには、それが分からないんだ。お父さんもずっとそうだったから、そのことが自分のことみたいに分かるんだよ」

 父はひどく肩を落として、テーブルの一点を見つめていた。その落胆した様は、父がまた元の姿に戻ってしまったように思えて、ナオの動悸は早くなった。

「ナオにはすまなかったと思ってる。ナオだけじゃなく、お母さんにも。お父さんはずっと、いっぱい勉強して、たくさん仕事をすれば、それがナオやお母さんのためにもなるって思ってたんだ。でも、それが間違いだったんだね。お父さんがそのことにもっと早く気づいていれば、ナオにもお母さんにも寂しい思いをさせずに済んだんだ。本当にごめん」

 ナオは両手を横に振って、「そんなことない」「謝らないで」と言った。

 父の弱々しい姿を見てしまっては、そう言うしかなかった。

「ありがとう、ナオは本当にやさしい子になってくれたね」

 父は心底嬉しそうに眼鏡をずり上げながら小さく笑った。

「前の会社を辞めてセミナーの仕事に専念したいって相談した時も、ナオだって心の底では心配だったと思うんだ。でも、ナオはそういう自分に無理して、お父さんのやりたいようにした方がいいって言ってくれた。あの時のことは今でもずっと感謝してるんだ。だから、お父さん、ナオのそういう気持ちに何とかこたえたいんだ」

 喋っていくうちに、父の言葉はまた熱と力強さを取り戻し始めた。

 まるで酔っている時のお母さんみたいだった。

「それなのに、検察とかいう、なにもわかってない政府の手先がいきなりセミナーに乗り込んできて、めちゃくちゃに荒らしていって。そのせいで、計画が全部台無しだよ。その上、メディアまで急にセミナーを叩き始めて。きっとナオにも肩身の狭い思いをさせてしまったよね。でもね、考えてみれば、あれはおかしいんだよ。あの時まではテレビだってセミナーの活動を好意的に報道してくれたこともあったし、だからこそセミナーの人たちも番組制作をボランティアで手伝ったりしてた。それなのに色んなメディアが一斉に同じことを言い始めるなんて普通じゃない。やっぱり政府がやらせたんだろうね。というより政府を陰から支配する闇の勢力。この国だけじゃなくて、世界中の政府を裏から操っている軍産複合体、国際金融資本、その頂点に立つ悪魔ルシファー。間違いない。全ては闇の勢力の陰謀なんだ。そして、ヤツらは恐れてる。竜のお星さまも、選ばれた子供たちも。だから、あんなに必死になってお父さんたちを叩いてくるんだ」

 でも何度もいうけど、ナオは心配しなくて大丈夫だからね。

 父はどこか遠くを見て、嬉しそうに、満足げに、滔々と語っている。

「お父さんはじめセミナーの人たちも、VVの人たちも、みんな、竜のお星さまに導かれて目覚めた光の戦士で、宇宙の邪悪、悪魔ルシファーの配下である闇の勢力と戦っているんだよ。それで、もうすぐ、東京へ降って来る竜星群こそが審判なんだ。光の裁きが悪い悪魔の軍勢を浄化してくれる。今、お父さんたちはこんな小さな国で、つらい思いをしているけど、海外にはとっくに目覚めている光の仲間たちがたくさんいる。竜のお星さまがやってくる審判の日に、セミナーの人たちみんな、お父さんたち〝Ryu神州〟のみんなが海外の仲間と合流して世界の光になれたら、どんなにすばらしいことだろう」

 父がセミナー、ではなくRyu神州の〝教義〟について誰かの言葉を話している間、ナオはずっと俯いて、テーブルについた小さな傷を見ていた。

 それは、ナオがもっと小さな頃、もうどんな理由だったかは憶えていないが、何かがきっかけでナオが愚図ってしまった時にお皿をぶつけてしまって出来たキズだった。

 その時、怒ったお母さんは甲高い声で怒鳴ってナオをぶとうとしたが、お父さんが止めてくれた。その時のキズだった。

「ナオ、お父さんたち、二人で幸せになろうね。お母さんがいた時よりもずっと。こんなイヤな思い出ばかりの家も、こんな国も脱出して、光の世界へ行くんだ」

 父が腕を伸ばして、ナオの手を握った。

 はっとして、顔を上げたナオは父のうるんだ目を見てしまった。

 目を逸らすこともできず、でも父の目を正面から見ることもできず、ナオはまた俯いて、頷くふりをすることしかできなかった。

 この家を出てしまったら。この家がなくなってしまったら。

 ナオはどこへ帰ったらいいのだろう。ずっと、そのことを考えていた。


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