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第2部 Tokyo Ophionids - 10

 *


 改めて店内を見回すと、滞留している客は、セージたちのような制服姿の学生を除けば、私服姿の大学生らしき人や、スーツを着た大人ばかりで、誰もが黙ったままスマートフォンを触ったり、目の前の(ライスボウル)の中身を口に運んだりと、会話を楽しむにはうってつけの食事シーンだとはお世辞にも言えそうになかった。

 誘ってきた二人も店員にチケットを渡してしまうと、スマートフォンを取り出してアプリゲームにいそしみ始め、セージは一人、手持ち無沙汰になってしまった。

 日本食のファーストフードということだったが、ハンバーガーショップとはまた違っていて、カフェのような雰囲気はなく、むしろ艦船や官公庁の食堂のようだった。

 やがて、どこぞのヘリコプターパイロットと同じ名前が記されたネームプレートを提げた店員がセージのチケットを取りに来て、代わりに冷水が入ったグラスを置いていった。

 日本の飲食店は注文しなくても水が出てくると聞いていたが、その点に関しては事前情報通りだった。

 セージが水に口をつけて、水滴がついたグラスを置いたところで、ふいに太田がスマートフォンから顔を上げずに言ってきた。

「なに、気になるの?」

 主語も目的語もない発話にセージは主題すら掴めず、困惑した。

「え、何の話?」

 素直にそう訊き返すと、太田と細川はセージがとぼけていると思ったのか、そこでようやくスマートフォンから視線を上げると、またも二人して顔を見合わせ、低い声で笑った。

「いや、本当に何の話をしているのか分からないんだ」

 セージは誤解を解こうと強調したが、太田は再び視線を掌に落として言った。

「一緒に呼び出されてたみたいだけど」

 そう言われて、やっとセージも合点がいった。神妙な顔つきで頷きながら答えた。

「あぁ、その件か。確かに、気になるところがあったんだ」

 神妙な顔つきでセージは頷いてみせたのだが、二人は何故だか「気になる」という表現がよほど面白かったようだ。

 細川がオウム返しに同じ言葉を繰り返し、二人は揃ってニヤニヤと笑った。

「それがどうかしたの?」

 さすがにセージが顔を顰めて反問すると、太田はまたスマートフォンを覗いて言った。

「いや、どうもしないけど」

 その言い方がどうにも引っかかった。

「良い機会だから訊いてみたかったんだけど、皆は気にならないの?」

 口調を強めたセージの問いかけに、二人はまた顔を見合わせて苦笑した。

「ウチらは別に」

 あくまで距離を置いたような口振りに、セージはやはり納得できなかった。

「でも自分たちの周りのことじゃないか」

「無理に関わる必要ないかなって」

「どうして?」

「人それぞれだし」

「内面の問題としては同意できるよ。でも、外界の問題ならそうはいかない。向き合って、自分の事でもあると認めて対応していかなきゃならない」

 太田と細川は何やら困惑している様子でだったが、セージは構わなかった。

「本当に知らないっていうならまだしも、気づいているなら知らない振りなんて出来ないだろう。自分たちだけでは解決できないかもしれないけど、やれることはやるべきだ」

 二人はスマートフォンから目を離して、揃ってセージの顔を見た。

 それから太田がぼそぼそと言った。

「まぁ、人の好みにどうこう言う気はないけど」

 更に、フォローのつもりなのか、細川の甲高い声が太田の頭を飛び越えて来た。

「まぁ見た目は悪くないと思う」

 すかさずセージは告げた。

「いや、悪いよ」

 太田と細川は目を丸くして、また顔を見合わせた。

「あんなに外観が変わっているのに本当に皆、気づいてないの?」

 セージの問いかけに太田が歯切れ悪く答えた。

「ウチら、そんなに見てないから」

「見てないって、同じ学校の敷地内だから視界には入ってるはずだよ。ただ、今まであまり注意して観察してなかったってだけじゃないかな」

「そりゃ視界には入ってるでしょ」

 太田が感想を漏らすと、細川も吹き出した。

「観察って」

 いちいち反応せず、セージは続けた。

「確かに、毎日見ていると、日常的な光景と認識してしまって違いには気づきにくいかもしれない。自分だって以前シドニーで見た時とはどこか違う印象を受けたから、たまたま気づけただけなんだと思う。でも、当たり前になってしまって何とも思わなくなった周囲の環境だって、初めから当たり前にあったわけじゃない。これまで色んな人たちが少しずつ積み上げて来て、ようやく形になってきたものなんだ。そういう与えられた環境をあって当たり前の当然の権利とは思わないで、自分たちも可能な限り、その持続と発展に寄与すべきだと思う」

 セージが言い終わる前に、細川は「意識高い系」と一言漏らして吹き出していた。

 太田は少々げんなりした様子でぼそりと言った。

「なんの話してんの?」

 セージは怪訝に思いながらも言った。

「イチョウの樹だろ。学校に植えられてる観葉植物。東京のシンボルマークになってるからあまり実感はないだろうけど、野生種は絶滅危惧種なんだ。栽培種だって大事に扱うべきだよ。思い出してほしいんだけど、まだこんなに蒸し暑いのにもう黄葉が始まってるんだ。これは秋が近づいているというよりは、おそらく塩害のせいで」

 話の途中で二人のクラスメイトは笑い出した。

 店の中だったから声を抑えようとしたが、これまでのどこか陰気な笑い方と違って、随分と朗らかな笑い方だった。

 そして、セージもそこに至って、ようやく会話の中身すら噛み合っていなかったことに気がついた。


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