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第2部 Tokyo Ophionids - 5

 *


 それからというもの、転校生は昼休みにテラスへ現れるようになった。

 ナオは我関せずとスマホを見ながら膝の上に置いたお弁当を食べるだけだったが、転校生は木をスマホのカメラで撮ったり、わざわざ持ち込んできたタブレットに何かを書きこんだりしていた。それだけではなく、校内の他の場所に生えている木も見ているらしくて、テラスに来ていない時はあちこちを回っているようだった。

「学校内のイチョウを観察してて興味深いことに気づいたんだ」

 転校生はいつも誰かに向かって話しかけていた。

 別にナオは転校生とは友達でもなんでもないから話を聞いているつもりはなかったし、そうなると転校生はハンズフリーで通話しているだけか、それとも動画投稿者みたいに撮影しているのか、下手をすると独り言を言っているだけの人になるのだが、この時ナオはどうしてか、先日セミナーの人たちに勧められて見たドキュメンタリー映像のことを思い出していた。動画配信サイトにアップロードされた海外製の動画だった。

 地球に落下した竜星群。その中から現れたデンゲイという岩の塊で出来たドラゴンみたいな姿の奇妙な生命体。それこそナオたちが生まれるより前には、SF映画やアニメ、マンガの中だけの存在としてしか考えられていなかったようなものと〝共辰〟してしまった人たち。そういう人たちは世界中にいて、現在も困難な状況に置かれている。

 動画はそんな当事者たちにインタビューしたという内容だった。

 映像の中で、ヨーロッパに住んでいる共辰者(レゾナンサー)だという人は小さな笑顔をつくって、共辰者になってから独り言が増えたと言っていた。

 いつも誰かが見守ってくれているような感覚がある。もう一人の自分が傍にいて、常に自分を励まして、背中を押してくれるような、そんな感覚に包まれている、らしい。

 周囲の人から「誰と話しているの?」と不審に思われてしまうのが悩みだとも。

 転校生は共辰者ではないとナオは思っている。

 本当にそうだったら、今頃大騒ぎになっている。

 父が言っていたが、日本で共辰者になった人なんて殆どいないらしい。

 竜の星が落下してくれば、否応なく目立ってしまう。当然、配信者やメディアの人たちが押しかけて来るだろう。万一、その場に居合わせて共辰者になってしまったら。

 そして、それがもし、ナオだとしたら。

 やはり、学校中が大騒ぎになってしまうだろうか。

 SNSや動画サイトで拡散されてしまったりするのだろうか。

 でも、有名人になったりすることで、それがたくさんの人に伝わるなら。

 ナオはもう、空っぽの家に帰らなくても良くなるのだろうか。

 それでも、有名になりすぎてしまって、騒がれ過ぎてしまって、あの家にナオたちがいられなくなってしまったとしたら。やっぱり、それは嫌な想像だった。

 そうして、ナオがぼんやりと色んなことを想いながらスマホを見ている間にも、転校生は一人で話を進めていた。

「他にも葉が枯れている木は学校内にいくつもあったけど、その枯れている葉の位置というか向きが同じ方角を向いているんだ。じゃあその先に何があるのかって航空画像を見てみたんだけど、うん、調べるまでもなかったね。海があったよ。自分はここに来たばかりだから分からないけど、もっと前にサイクロン、いや台風が来たりしなかった?」

 ナオはもちろん答えなかったが、転校生は「あ、そうか。政府機関が公開してる気象情報にアクセスすればいいのか」と言ってタブレットの操作を再開した。「漢字が多いな」とぶつくさ文句を言いながらも、すぐに気を取り直して「ちゃんと記録がある。こういうところはしっかりしてるんだな」と明るい調子で勝手な感想を言った。

「やっぱり、そうだ。飛び越してきたヤツは東京まで来なかったみたいだけど、ヨコスカへ入る一週間前にも熱帯低気圧が来てる。一か月前にもだ。葉が部分的に枯れているのは黄葉じゃなくて塩害なんだろうね。いつもマングローブとかそんなのばかり見てたから全然気づけなかったよ。そうだよな。山の中に生えてたイチョウに耐塩性なんてあるわけないよな。防潮林だって普通はマツやカシを植えるもんな」

 よし、レポートを仕上げてしまおう。

 転校生はそう言って、タブレットに取り掛かった。

 ナオは、たまたま隣のベンチに座っている人が一人で何かを言っているだけなので、特に何の感慨もなく、随分と時間をかけてお弁当を食べ終わると、手早く片付け、そっと立ち上がると、テラスから校舎へ入る扉へ向かった。

 そうして、スライドドアに手をかけた時。

「うん、とりあえずはこんなところかな」

 背後で転校生の声がして、立ち上がるのがわかった。

「ちょっと聞きたいんだけどさ」

 この場にはナオと転校生の二人しかいない。

 転校生が誰に尋ねようとしているのかは明白でも、関わり合いになりたくないナオは声を無視して逃げ込むように校舎へ入った。

「あ、ちょっと待った」

 追いかけて来る気配を感じてナオは思わず早足になってしまったが、転校生の方がずっと脚は速くて、あっという間に追いつかれて、回り込まれてしまった。

「学校内の樹って誰が管理しているか知ってる?」

 ナオは無視して、歩き続けた。

「おーい、聞こえてる?」

 すぐ後ろに転校生がついて来る。ナオはかなり頑張って早足で歩いているのに、転校生は普通に歩いてるのとほとんど変わらないような足取りで、それがなぜか無性に悔しくて、彼女はうつむいたまま、がむしゃらに進んだ。

 そのままの勢いで、曲がり角に差し掛かったナオは誰かとすれ違ってしまった。

 ほとんどぶつかってしまいそうな距離で、びっくりしたナオは急いで停まろうとしたが、かえって自分が転びそうになってしまった。

「おっと、アブねぇな」

 男子の声がして、ナオが恐る恐る顔を上げると、背の高い、髪を明るく染めた三年生の男子生徒がナオの腕をつかんで、引き上げてくれていた。

海外研修(マニラ)から戻ったばかりだっていうのに、いきなりこれかよ」

 むすっとした顔でナオを一瞥してから、三年生はすぐ後ろの転校生に目を向けた。その横顔にはナオにも見覚えがあった。校内では結構有名な男子生徒だった。

 元々、勉強もスポーツもできる人だったらしく、夏休みの間に海外へ短期留学していたことでも噂になっていたし、「顔が良い」と女子の間でも評判で、ひそかにSNSとかで写真がシェアされていたりするみたいだった。

 ナオも、その三年生の写真は見たことがあった。もちろん、クラスの人から回ってきたわけではなく、セミナーの人に見せてもらったからだったが。

「それで、お前はなんなんだ?」

 ナオが自分で立てるようになったところで腕を離した三年生は転校生に声をかけた。

「Hello. 良い反射神経だね。おかげでその子は転ばずに済んだ」

 転校生は屈託のない笑顔でそう言ったが、三年生はしかめ面を崩さなかった。

「お前が何なんかって訊いてんだけど。日本語わかんねぇのか?」

「日本には十数年ぶりに戻って来たばかりなんだ。でも、言っていることはわかるよ」

 あぁ、と三年生はそこで納得した様子になって鼻を鳴らした。

「お前か、帰国子女の転校生っていうのは」

 バカなヤツだな、と三年生は続けた。「こんな時期に東京へ来るなんてな」

「何か問題が? 東京へ来るには時期が重要なの?」

 転校生は本当に分からないという風に頭と手でジェスチャーをした。

「あぁ、ホントになんも知らねぇバカなのか」

 三年生は薄く笑って、嘲るように転校生を見下ろした。その転校生は尚も友好的な口調を崩さず、三年生に言葉を返した。

「もしかして竜星群のことを言ってる? でも、それはまだ確定した未来じゃない。それとも、なにか十分な根拠があって、そう考えてるってこと?」

「なんで、お前にそこまで説明してやらなきゃならねぇんだよ」

 三年生が露骨に機嫌を悪くして声を荒げても転校生は全く気にしていなかった。

「断定するからにはそれなりの理由があるんだろう?」

「お前にはわからねぇよ、お前にはな!」

 三年生はキツい口調でそう言い放ったが、転校生はあくまで「そうかな」と、どこ吹く風だったので、さすがの三年生も鼻白んでしまった。

「帰国子女っていうのは、目上に対する敬語の使い方も知らねぇんだな」

「誤解されることも多いんだけど、実は英語にも敬語表現はある。でも、個人的に、そういうのは本当に尊敬できる相手にしか使いたくないってだけさ」

「は?」

 三年生が転校生を睨んだ。敵意を露わにし、威圧していた。

 やり取りを横から見守っているだけのナオの体が引けてしまっていた。

 でも、転校生はそこで初めて笑った。不敵な笑い方だった。

落ち着きなよ(イージー)。懸念されている竜星群の落下軌道に関しては、竜星群センター(スミソニアン)はじめ世界のどの天文台や研究所でも確定した予想は出来ていない。その状況で竜星群が必ず東京へ落下してくるなんて断言するのは賢明な人間のすることじゃない。もちろん、可能性はあるし、蓋然性は高い以上、十分に考慮する必要はある。それでも、必ず東京へ落下すると個人的な信仰や信条として、そう思っているなら、どうして避難も対応もしないのか分からない。それだけのことさ。難しくないだろう(イージー)?」

「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。必要ねぇんだ、そんなものはなぁ」

 転校生の鬱陶しい喋りを遮って、三年生が言った。

「避難? 対応? お前みたいな、そこら辺のどうでもいい、くだらない、同じようなことしか言わねぇツマんねぇ連中とは違ってな、オレには要らねぇんだ。逃げるとか、セコセコ対策とか、そんな映えないムーブはよ。竜星群でもなんでもさっさと降ってくりゃ良いさ。テメェみたいなウザいキモい連中はさっさと勝手に消えて居なくなれ。オレはゼッタイ生き残れるけどな。どんなことがあろうと、隕石だろうが竜星だろうが、オレは100%勝ち残る自信がある。選ばれてんだよ、このオレはな」

 最後に三年生はそう言い切って勝ち誇った。

 一方、転校生の顔からは、ようやく笑みが消えていた。

「典型的だな。皆いつも、そう思ってるんだ。自分の頭の上に竜星が降って来るまでは。でも、誤りに気づいた時にはもうやり直す時間も後悔する機会もない。運良く自分だけ生き残れたとしても、友達も仲間も、家も学校も仕事も、全部丸ごと生活がなくなって、どこにも行く場所がなくなるだけなんだ」

 三年生やナオというよりはどこか遠くを見ながら言っているように思えてしまって、それをどこか不思議に感じたナオは思わず転校生の顔を見てしまったが、再びナオの腕を強く掴んだ三年生は完全に見下していて、鼻で笑っていた。

「勝手にホザいとけよ、バカが」

 「おい、行くぞ」と腕を引っ張られて転びそうになりながらもナオは、肩で風を切るように廊下を戻っていく三年生の後を追った。

「ちょっと待った、まだ訊きたいことがある!」

 後ろから転校生が何かを叫んでいた。

「うるせぇな、まだ何かあんのか」

 三年生が苛立たし気にいきなり立ち止まって、ナオはバランスを崩しそうになった。

「学校内の樹って一体、誰が管理してるの?」

「そんなの用務員にでも訊いとけよ、バカが」

 そう吐き捨て、三年生は再びナオの腕を強く引いて、さっさと歩き始めた。

「ヨームイン? あぁ、用務員(スクールジャニター)か!?」

 背後から聞こえる素っ頓狂な転校生の声が遠ざかっていき、人目の少ない階段の踊り場まで来たところで、ナオは三年生の手を振り払った。

 三年生の力は強くて、握られたところが赤くなってしまった。

「わざわざ様子を見に来てやったのに随分な態度だな、えぇ?」

 手首をさするナオに、三年生は呆れたように言った。

「なんだっていいさ。お前に恩を売っておきゃ、お前の父親も、他のセミナーの連中も、オレに頭が上がらなくなるんだからな」

 三年生は薄く笑うと、颯爽と階段を駆け上がって、賑やかな教室の方へと去っていった。

 ナオはまだ痛む手首をおさえながら、昼休みの終わりまでその場でじっとしていた。

 チャイムが鳴った丁度のタイミングでナオは教室に戻り、転校生はチャイムが鳴り終わって先生が来るまでのわずかな隙間時間に教室へ戻って来た。

 「どうしたの?」と訝しむ周りのクラスメイトに「用務員の人を探してた。テラスに生えてる樹がちょっと気になってね」なんて転校生は話していたが、そんな風に聞かされても誰だって適当に誤魔化しているとしか解釈しないだろう。

 俯いて腕をさするナオと、後から急いでやって来たせいか息を切らす転校生と。

 二人は揃って、クラスメイトから胡乱な目を向けられた。

 教室中の視線が全身に刺さるようで。またヒソヒソと噂話をされてしまうことを想像して。でも、転校生は周りからどう思われているかなんて全く気にしていなくて。

 ナオは、それがたまらなく嫌だった。


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