第2部 Tokyo Ophionids - 2
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転校生は思ったよりもあっさりとクラスへ入り込んできた。
それは馴染んだ、というよりも入り込んできた、と言った方が良かった。
クラスの誰にとっても青天の霹靂で、転校から数日経っても教室の空気は転校生をどういう扱いにするべきか、どの〝ランク〟にするべきか、態度を決めかねていた。
授業の合間の移動時間に転校生へ話しかけた生徒は二、三人いた程度で、それもクラスの中でもとりわけフランクな部類の子だけだった。
大多数のクラスメイトたちは、転校生が自分よりも上なのか下なのかを見極めてから、どう〝絡んで〟やるべきか、タイミングと態度を見計っていたが、転校生の〝評価額〟査定はなかなか難航している様子だった。
転校生は今まで自分たちが見たことのある、どのタイプの子とも違っていた。
例えば、授業中。
数学や物理、化学、生物、地学の時間に、先生に当てられて教科書の問題を解いたり、質問に答えるように言われた転校生は専門用語の日本語が分からない、だとか文章が一意に解釈できない、だとか良く分からない言い訳をしながら、即答することができなかった。
クラスメイトたちはみな忍び笑いを漏らしていたし、先生たちも笑いをかみ殺しながら言い訳をするな、と答えを催促した。ナオだって思わず笑ってしまいそうになった。
けれど、転校生は少なくない時間をかけながらも、必ず正答を口にして皆を驚かせた。
同じことは地理や世界史の時間でも繰り返された。
てっきり、転校生は頭があまり良くないタイプの人で、とぼけたことを言っているだけだと早合点していた同級生たちはお互いに顔を見合わせた。
転校生はバカな〝キャラ〟なのか、そうではないのか。〝フツー〟の子とは違って〝変わって〟いることは間違いなかったが、それは笑って下に見て良い〝違い〟なのか、それともその逆の何かなのか。
部活の先輩だったら、自分よりも〝上〟。
顧問の先生や監督だったら、それよりもっと上。
後輩だったり、評判の良くない先生は自分よりも〝下〟。
同じクラスでもスポーツや勉強だけじゃなくて、ファッションだったり、見た目が良かったりすれば〝一軍〟の上位グループだし、そうでない人はクラス替えか卒業まで永遠に〝二軍〟、下のグループ扱い。
ナオにとっては全てがどうでもいいことで、くだらない、意味のないことでも、大多数の子たちにとってはそれが全てだった。だから、転校生の扱いには慎重になる。
もしかしたら、今の自分の〝地位〟が脅かされるかもしれない。仲良くする相手を変えなくてはいけないかもしれない。
だから、新しくクラスへ入って来た人には一刻も早く、自分たちが知っているような良くある〝キャラ〟を当て嵌めてしまって、序列を定めてしまうのが一番だった。
転校生は、他の女子の反応を見る限り見た目は悪くなかった。(ナオにはどこが良いのかさっぱり分からなかったが。)
少なくとも、クラスのいかにも〝地味〟な人たちと比べると、ずっとさっぱりしていた。
でも、オシャレな〝一軍〟の人たちとも雰囲気が違っていた。実用的過ぎるというか、洗練されていないというか。海外生活が長いと言っていたが、確かに日本で生まれ育った子たちとはセンスが違っているようだった。
勉強については授業中のとおりだったし、運動に関しても一通り、人並み以上にできるみたいだった。ただ、野球とかサッカーとかみんなが知っているスポーツはそこまで詳しくないし、やったこともないみたいで、結果的には〝一軍〟の人たちに混じりながらも一歩及ばない感じになっていた。
総じて、転校生のキャラクターは良いとも悪いともつかず、上の人なのか下の人なのかも区別できず、だからこそ自分たちの人間関係や力関係の中にどう組み込んだら良いのか誰にもわからず、得てして簡単じゃないもの、単純ではないものは誰でも嫌いだった。
分からないということはそれだけで人を苛々させる。
自分を不安定にさせるものは誰だって嫌う。
今時、空を、特に星空を見上げる人なんていないのと一緒だ。
なんだか良く分からない漠然とした不安感を抱えたまま生きていたくはない。
おおげさだけど、転校生も竜星群もある意味同じで、降ってわいたようなものなのだ。
周りの空気がざらついているところに別の不安要素を投げ込まれたりしたら誰だって不快に思ってしまうだろう。そういうところが転校生に対する言葉にならないちょっとした反感につながって、転校から数日経っても皆から距離を置かれていることはグループの輪の外にいるナオにも感じ取ることができた。
そんなクラスのハラハラとした微妙な空気感に、転校生自身は気づいていないのか、それとも気づいているけど敢えて無視しているのか、ナオには分からないし、知らないし、興味もなかったけど、転校生にとっての転機は思っていたよりも早く訪れた。




