第1部 Night Flight - 13
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布良セージがイニシエイト・ロコラの御三方より与えられた指令は三つ。
一つ。
二週間前、日本国小笠原諸島へ上陸した国際運動組織Victorious Vessel通称VVの小グループは周辺海域にて竜星の調査を行っていた日本国政府の外局に対して抗議活動を実施した後、現在は同国本州島へ移動し、大規模な抗議活動を計画しているものとみられる。
VVはSNSと連動する形でドローンを用いた破壊工作を含む過激なパフォーマンスを実行することで知られており、まもなく極東方面へ落下する可能性がある竜星群に対して実際に迎撃作戦を実施する事態になった際には十分な警戒が必要である。また未確認ではあるものの、VVは複数体のデンゲイを所持しているとの疑惑もあり、近くそれらを日本国内へ持ち込もうとしているとの情報も寄せられていることから一層の注視を要する。
二つ。
近年、日本国内では、竜星群の迎撃対応に反対し、共辰者こそが真にアップデートされた人類であって、人類社会を理想世界へ導く者であるといった教義を掲げるカルト団体「竜のお星さまを仰ぐやさしい人たちのつどい」、団体内部の符丁名称〝R神州〟がSNSを利用して急速に勢力を拡大している。
同団体は、一般向けのセミナーを装い、副収入を得る方法を教える、健康的な生活を送るための知恵をシェアする、マスメディアによって報じられない社会の闇や世界の真実を暴くなど言葉巧みに人心に取り入りながら、その一方で、竜星群によって間もなく世界が滅び、選ばれた良い人たちのみが理想社会において幸福に満たされた不老不死の生活を送ることができるなどと吹聴し、竜星群後の世界で不安感に悩まされる人々の心理につけ込んで多くの信者を獲得した他、複数の実業家からも経済支援を受けることに成功し、活動資金は潤沢な状況にある。
この豊富な資金力を活用して、同団体はWEBメディアに一定の影響力を持ち、SNSでの評価は概ね好評とされ、更に一ヵ月前にはマニラ市内で団体幹部がVVと接触、両者は竜星群迎撃に対する抗議活動に関して協力体制を構築することで一致したと独立系ジャーナリストが報じている。以上のことから、日本国内ではVVの動向だけでなく、このR神州についてもその動向を注視する必要がある。
三つ。
R神州は教義においてデンゲイの共辰者が救世主であると主張しており、未成年を言葉巧みに勧誘しては、国内外に墜落した竜星へ実際に接触させようとしているとの内部告発がある。このような行いは、共辰者を作為的に生み出すことを禁じたパレンバン条約に抵触するものであり、同条約に批准する日本国では既に法執行機関による強制捜査が為されているが、証拠不十分として不起訴処分にされている。しかしながら、国連竜星群機関に所属するイニシエイト・ロコラが、同じくUNOOが所管するパレンバン条約の違反が疑われる行為を看過することはできない。(あくまでセージの感想に過ぎないが、この部分はテルミの個人的な信条が強く反映されているとしか思えない。)
数日前、新たにもたらされた内部告発によって、R神州は、極東アジアへ落下の可能性があると推測される竜星群が現実に襲来した場合、団体幹部の娘、都内の高等学校へ通う未成年の女子生徒を「巫女」として祀り上げ、墜落した竜星に接触させることで共辰者に仕立てあげようとする計画を持っていることが明らかになった。
それにも関わらず、竜星群落下の予報に接して極めて過敏な反応を示す日本国内の情勢は既に、この疑わしい情報の為に当局の人員を割くことができないものとなっている。
そこで、イニシエイト・ロコラは独自に、「巫女」の女子学生が通う高等学校へ人員を派遣し、秘密裏に「巫女」近辺の動向を監察、万一、竜星群が落下を開始した際にはR神州側を牽制し、「巫女」が竜星に接触することのないよう護衛することとした。人員の選抜に関して、本艦にはちょうど「巫女」と同じ年齢の未成年クルーが所属している。即ち、布良セージ、貴君がそれであり、これ以上に適格な人選はない。
貴君は日本国政府の当局に察知されることなく「巫女」近辺の情報を収集、R神州側の動向を可能な限り監察すると共に、竜星群落下の事態に臨んではパレンバン条約の哲学と精神に則り最大限の力を尽くすこと。
この任務は貴君において竜星群対応の作戦行動に優先するものとする。
尚、イニシエイト・ロコラは引き続きヨコスカの岸壁に停泊し、対星作戦従事のための装備を実装しつつ、竜星群の観測を継続、日本国政府や在日アメリカ軍との調整を図る。
したがって、貴君が艦に残っても何もやることはないので、おとなしく学校へ通うこと。(これはオトナたちが良く言う方便だということはセージにもわかった。食料や医薬品、天体観測に必要な備品の数々。対星作戦に向けて実装しなくてはならない火器の類。荷役に人員が必要なのは乗艦している者ならだれでも知っているし、それに参加するからこそ艦の乗員なのだ。上級クルーや当直の航海士ならいざしらず、テルミたちはセージに向かって、それに参加するな、と言っているのだ。)
附則。
今回の通学任務は表面上、国連竜星群機関が立案・実施する未成年共辰者の保護・教育プログラムの成果を日本国政府に対して公開するものとなっている。そのため、危機的状況を除いては学校の内外においてその言動には十分注意すること。
また、通学は本艦から水上バスと自転車を使用して行うものとする。
昼食に関しては弁当を持参するものとする。司厨長には指示済みであるため、毎朝必ず弁当を受領した後、通学任務を実施すること。
加えて、一日に使用可能な現金は500円までとする。日本国内ではキャッシュレス決裁が不可能である場合が多いため、十分留意すること。
貴官の本来任務は本艦が近い将来に実施するデンゲイの民生利用実証プロジェクトにおいて中心的役割を果たすことであって、今回任務に付随する雑多な案件に関連して必要以上の干渉を持ち、不必要なリスクを背負うことは避けること。つまり、学校内外で喧嘩などをして怪我をしたり、させたりすることがないよう注意すること。(この附則の蛇足としか思えない内容を聞かされて最後まで我慢することができたセージは、幼少期に比べて自身の忍耐力が飛躍的に向上していることに気づいたし、そんな自分を自嘲せざるを得なかった。)




