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第1部 Night Flight - 11

 *


 セージたちが搬送した患者は受け入れ先が見つかり、入院後、容体は回復傾向にあるという報せがセージの許へ届いたのは丸二日経ってからことだった。

 その間、セージはずっとデンゲイの中で、コンテナに載せた患者がどうなったのか、そんなことばかりを考えていた。

 マリア曰く、現地の救急車へ引き渡した時点で自分たちの仕事は完了しており、その後のことに関しては管轄外ということになるらしい。

 そう言われたところで、簡単に気持ちを切り替えられるわけでもない。

 患者はこれからどうなるのか。容体は回復するのか。そもそも良くなる見込みはあるのか。朝食の席で矢継ぎ早に質問するセージに対して、普段から怜悧な言動で知られるイニシエイト・ロコラの医療班チーフは珍しく笑顔を見せて、患者が罹患したウイルスは二十年前にパンデミックを引き起こしたものの変異株であること、ゲノム情報は当時から既に解析されており、ワクチンや治療薬で問題なく対応可能であること、そして今回、防護服を用いた物々しい対応となったのは、むしろ万が一にも艦内に感染症を持ち込まないためであったことを要点を抑えて説明した。

「病院で適切な処置を受けるのですから、大事に至ることはありません」

 仮に何かあったとしても責任を感じる必要はない。

 マリアはそうも言ったが、そう言われてしまうとしても、セージも自分が純粋に病人の心配をしているのか、それともただ単に責任から逃れたいだけなのか、分からなくてなってしまって、なんとも言えない心持になる。

 セージは今回たまたま搬送に参加しただけだったが、マリアたちは職業として日常的にこうした状況に接しているのだ。どうやってメンタルを切り替えているのか知りたくもなる。自分は医療従事者には向かないかもしれない、とセージはふと思ってしまいってすぐに自分でその考えを打ち消した。デンゲイを連れた医者(ドクター)なんてあり得ない。ドクターデンゲイなんて言っているのはラダマだけだ。マリアたちが聞いたら、きっとまたセージに気を遣わせて、もっともらしいことを言わせてしまうだろう。

 そのマリアたちは検疫を終えて、一足先に都内のホテルへ移っていったが、デンゲイと一緒のセージは二日近く空港の片隅に留め置かれていた。

 救急患者を運んでこようとなんだろうと、デンゲイの受け入れに反対という姿勢は当時のままで、セージはむしろ安心感すら覚えてしまった。

 ようやく移動が許可されたのはイニシエイト・ロコラが横須賀へ入港してからだ。

 そして、その報せと共に、件の搬送患者が入院できたという話を聞けたのだった。

 病人の予後良好と知って、セージは肩の荷が下りる気がした。

 それがどちらの意味だったのかは今となっては分からない。

 いずれにせよ、マリアの言うように自分たちの仕事は一旦終わったのだ。

 あとは横須賀の岸壁に錨を下ろした母艦(ロコラ)に、デンゲイと自分自身を連れ帰るだけだ。

 もっとも、最後の最後で、それが曲者だった。

 往時に比べれば空の便は少なくなったそうだが、それでも東アジア有数の都市、東京(トーキョー)の上空を行き交う航空機の数は多く、口煩い管制の指示に従って、機間距離を保ちながら、セージはやっとのことで、もう見慣れた母艦の飛行甲板へと辿り着いた。なまじ暴風雨の空を飛ぶより、大都市の上空を飛ぶ方が余程気苦労が多かった。

 そうして、翼を畳んだデンゲイを扉を開いたハンガーまで歩かせ、整備班の面々に迎え入れられた時、セージはそこで帰って来たという実感を得ることができた。

「よう、星の王子様(リトル・プリンス)。久しぶりだな」

 風防膜キャノピーを開いて、顔を出したセージに早速ラダマがニヤニヤしながら声をかけてきた。

「あぁ、三日ぶり」

 セージは軽口を相手にせず肩をすくめてみせたが、ラダマはニヤけ顔を崩さなかった。

「戻って来たところで休めないぞ。テルミがお前を呼んでる」

「なんでだよ?」

「知るか、そんなもん。自分で聞いてみたらどうだ?」

 狭苦しい空港の格納庫をついに脱したと思ったら、すぐに艦の格納庫入りとなってしょげるデンゲイを整備班に託すと、セージはエレベーターまで歩きながら艦内通信でテルミに帰投の報告をした。

 すると、艦橋まで上がって来いと言う。

 この司令官が労いの言葉もなく、自分の要求だけを言うのはいつものことだった。いつものことではあったが、フライトを終えて帰って来たばかりで一休みしたいというのが本音ではある。だいたい格納庫(ハンガー)から艦橋(ブリッジ)まで少し遠いのだ。

 思わずアイノに愚痴の一つも言いたくはなったが、それは後回しにして、セージはエレベーターに乗り、幾つかの廊下や階段を通って艦橋に向かった。

 入室する直前に急いでやってきた風な体裁を取り繕いつつ、セージが艦橋に入ると、そこにはテルミだけでなく、クルーたちからイニシエイト・ロコラの三首脳(オリオン)と呼ばれる艦の「お偉方」が勢揃いしていた。

 インドはチェンナイ出身のイニシエイト・ロコラ艦長、Ⅴ.E.シュクラ。

 オーストラリア海軍からの出向組で対星防衛任務首席補佐官のマニー・マニンガム。

 そして、国連竜星群機関(UNOO)生え抜き(プロパー)複合任務司令官(COC)の天野テルミ。

 この三人に呼び出されるということは滅多にないことだ。

 何か気づかないうちにミスをして、文句を言われるのかと思わず構えてしまったセージだったが、その彼にテルミが投げかけた言葉は思いがけないものだった。

「学校へ行きなさい」

 それが、国連竜星群機関(UNOO)が誇る竜星群観測・探査研究・防衛複合任務執行艦イニシエイト・ロコラが擁する艦載竜飛行隊(チーム・サンテックス)の唯一のパイロットにして、国連最強の共辰者(レゾナンサー)と称される16歳の少年、布良セージに与えられた次なる任務であった。

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